「ネシン」の恩讐の彼方に

権威あるDow工業株30 種平均株価の構成銘柄であり続けたアメリカを代表する会社であったが、2015年その地位をアップルに取って代わられた。

それから遡る事5年。同社の日本法人でも激震が走っていた。

500人余りいた従業員の過半と、一部のグローバル企業を除く日本企業関連のビジネスが日本企業に売却される事に。

ここでは、その過程にあって心の整理が難しかった同僚の信じられない様な行動の一端をご紹介したい。


彼は、ここからは仮にA氏と呼ぼう、日本で一番と言われる大学を卒業後、日本における旧電々、今のNグループの上場グループ会社の一社に入社。

官僚的な同社の中では学歴は重要。

そして社内選考でアメリカの名門ビジネススクールへと派遣されてMBAを取得していた。

そんな評価されていたはずの会社を何故辞めたのかは良く知らない。

何でも可愛いがって貰っていた役員が退任して何かが変わった、という様な事を聞いたことがある。

学歴もプライドも高い彼が選んだのが電話の発明家が創立した本家であるのは合点が行く。


アメリカの一流ビジネススクールを卒業していて英語も堪能となると本社と接触のある部署への配属も当然。グローバルオペレーションと言うよく耳にするが何をしているかわからない部署へ。

売却話の発端は実は日本発信。

本国ではアップルと連携してiPhoneのアメリカにおける独占販売権を取得。

また自社の通信網を駆使して電話、ケーブルテレビ、携帯電話を組み合わせたサービスを展開して行った。これは一旦インフラ網を構築してしまうと、お客さんが増えればその分がほぼ利益。

それに対して日本には自社のインフラが無く通信回線はN社、K社、S社などの日本の通信会社から購入せざるを得ず利幅は薄かった。

加えて日本のお客様が欲しい様なサービスを提供する気が全く無く、普通の通信サービスなら導入していない会社は無い状況で売上増、利益増は夢のまた夢の状況になっていた。

それなら日本市場に投資しようという”親”を探すのも一案。

私は将来の事業計画とその買収対象と残留組との切り分けに従事。A氏のチームは買い手の選択とアメリカのチームの交渉の手助け。

共に複雑な心境でいたが誰かに買ってもらわないと大リストラは不可避。


前述の様に買収が決まった後、移行に向けた打合せが両社の間で頻繁に開かれた。

マネージメント部会を頂点に、ITシステム部会、経理財務部会、総務部会、購買部会があったが、殆ど全ての会議に出席を求められ意見を求まられた。


A氏とはマネージメント部会で一緒だったのだが、買収した側のマネージメントは会議が長引いて来ると、やおら灰皿を出してまずCFOがプカプカやりだす。次いでそれを確かめて周りの人達もプカプカ。

空気清浄機は設置されているのだが我々の背後だった為、煙は我々の所に。

ゲボゲボしながら会議を続けたが何の断りも無く喫煙を始めた事に内心(信じられない!)と思った。

そしてその時A氏の目が怒りに燃えていたのを私は見逃さなかった。

(頼むここは耐えてくれ)

そんな思いが通じたのだろうか、その日の会議は気まずい雰囲気を持ちながらも終了した。

(ああ、良かった)

何故なら電車の中でトラブルになった相手を雨傘の先で喉を突いたことが事が有ると聞いた事が有ったから。剣道の有段者なので一歩間違えれば相手が死亡する。

本人も「翌朝の新聞で死亡記事が出てないか気になりましたが大丈夫でした。」と飄々としている。


ところが次回の打合せの会議の時、例によって買収した側のマネージメントが煙草を吸い始めると、A氏はやおらコンビニの袋から一本の「バナナ」を取り出して皮を剥いてワシワシと食べ始めた。

‼️‼️

我々は見てはいけない物を見たかの様に凍り付いた。

相手も一瞬口があんぐりと開き、その後何て言えば良いのか測りきれない様子。


会議の後、買収側のマネージメントと一人で話す機会があった。

「あれですよね。あのバナナ、どう言う意味なんでしょう?」

「恐らく皆さんがタバコを吸い始めたことへの無言の抗議なんだと思います。子供の様で申し訳ない。」

「やっぱりそうですよね。ふ〜ん。」

本人に確認してみると、

「相手もタバコを吸い始めたのですから、バナナを食べて何が悪いのですか?」

と、素直に犯意を認めた。

社長以下で本人に「バナナは唐突です。バナナだけはやめて下さい。」と釘を刺した。


そして次回。相手も相手でタバコを吸うことを止めない。聞けば創立者が大のタバコ好き。

流石にオフィス部分は禁煙だが自分の部屋は喫煙可。加えて立派な喫煙室を2階毎に1つ設置。

ある意味「文化」。

タバコの煙が漂ってきた所、今度はA氏コンビニバックの中からやおら「ドクターペッパー」を取り出して一気飲み。

再び、皆んな目を白黒。


その頃、A氏が私に送ってくるメールに頻繁に「ネシン」という言葉が現れていた。

こちらは意味がさっぱり分からず。

「ネシンの奴らは英語も話せない癖に。」

「ネシン如きに何が分かるんですか。」

とうとう或る日、「あの『ネシン』ってどう言う意味なんですか?」と切り出すと。

「あれ?分からなかったんですか。今、巷で流行っているんですけど。」

「??」

「連中の本社所在地はどこですか?」

「神田だろう。」

「その最初の字をよ〜く見てください。」

「神。じん。あっ! ネ 申。」

「流石、頭の回転が速い。」

そんなもの褒められても困るだけ。


A氏はそんなこともあったが頭の切れるところを買われて経営企画部長に就任。

仕事の一つが毎週開かれる経営会議の議事。

それは突然に起こった事で、気がついた者は私と数名。

プレゼンの合間に、毛沢東が赤軍を率いている図や金日正の写真を潜ませていた。

そして裏では社内の不満分子を誘って夜な夜な飲みに行き反対勢力を増大させていた。

毛沢東の絵をオフィスの壁に貼った時には流石に看過出来ず、自らの手で剥がさせたが、「自分の趣味なのに何が悪いのですか?」と、強弁する場面も。

上司の言う事も聞かずほとほと持て余された状態だったので、私の下で引き受けましょうかと提案。

但し、本人は「副財務本部長」のタイトルが欲しい、とか自分の立場も分からずに主張するのみ。

そうして異動して来て一ヶ月もしない内に、

「転職することにしました。行き先はオンラインショッピングのAです。」

「それはおめでとう。超優良会社じゃないか。検討を祈っているよ。」この言葉が自然と口を突いて出ていた。


そしてそれから半年も経たない或る日。PCに一通のメール。

見ると親会社の経営企画部の次長。

「大変です。今、株主総会が始まったのですが、あのA氏が来ていて社長に質問を浴びせ続けています。」

「えっ⁈」

続いて次のメール。

「社長に『外資から買収した会社から優秀な社員が流出していると聞いているがどうしたものか』と質問。

社長、『そんな事は無い。優秀な連中は残っている。』

A氏、『社長はいい加減良い歳だが後継者についてはどう考えているのか?」

社長、「まだ経営を退く考えは無いが然るべき時にはちゃんと考える。」

中々、真っ当な質問もするなと皆んなで感心。」

この会社の連中の面白い所は、正しいと思ったらフェアに判断すること。

「まだ質問しています。

そろそろ他の株主も呆れ始めています。」

・・・・・

「今、総会の閉会が宣言されました。」


実際社内での評価は真っ二つ。

「退職してまで何をやっているんだ、恥ずかしい!」という反応と、

「良くやってくれた!今迄の鬱憤が晴れた!」という反応と。


またまたそれから1年が過ぎ親会社の株主総会の季節。

その当日、親会社の経営企画の次長からは短いメールが。

「今年はどうやら現れないようです。」

そのメールを見ながら、A氏の成仏を心の底から喜んでいた。

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