海外あちこち記 その19 丑三つ時のジャカルタの夜、たった一人で警察の検問を受ける。

1)インドネシアの首都ジャカルタの外港はタンジュン・プリオークと言います。ここにある港湾荷役設備を輸出しました。設備を納入した数年後、新たに別の荷役用特殊車輌の国際入札がありました。入札結果は11番札でしたが、前回も起用した現地エージェントが優れものなのであきらめず営業を続けることになりました。落札して発注書をもらうまでジャカルタに張り付いて下さい、と上司から指示が出たのでジャカルタに前後3ヶ月間出張しました。 昭和55年ごろのことです。

2)滞在中のある晩ホテルの部屋の電話が鳴りました。目を覚まして時計を見ると夜の11時を過ぎています。中国系インドネシア人のエージェント、Tさんでした。今からお客さんとレストランシアターへ行くので同行してくれと言います。有無を言わせない口調でロビーでお客さんと一緒に待っているからと言います。慌てて着替えてロビーにおりました。 食事の後、さえないショーを見たり、間延びしたゴゴーダンスに付き合ったりしましたが、さすがに午前2時頃眠くなり、先に1人で帰ることを了解してもらいました。

3)タクシーがホテルまでの道筋の真ん中あたりに来たとき警察の検問の灯りが見えました。自分はあせってパスポートを探しましたが、ホテルのセイフテイボックスに預けたままでエージェントに急かされたので持出していませんでした。

日本の大手商社マンが警察とのトラブルで1ヶ月ブタ箱にほうり込まれ、数日前に出てきた時には全身皮膚病にかかっていたという話を聞いたばかりです。全身が冷たくなっていくのがわかりました。自分を説明するものが何もありません。

警察官の振る赤い懐中電灯でタクシーが止まり、警官がインドネシア語で何か言っていますが少しもわかりません。警官の顔がだんだん険しくなっていくような気がしてもうあかんと思ったとき、ふとポケットに固いものがあるのに気がつきました。

ホテルのルームキーでした。あわてて出てきたのでフロントに置かずそのまま持出したようです。

それを取り出して顔の前で必死にかざし、このホテルの日本人の宿泊客だと吠えました。

苦笑いをした警官から「行け」と合図が出てタクシーが走り出しました。ほっとして思わずタクシーのシートに倒れ込みそうになりました。

4)結果からすると、夜遊びをして帰る華僑から袖の下をとって小遣い稼ぎをする検問だったようですが、そんなことはその時は思いもよらず、ただただパスポートを持ってないことを咎められると恐れおののきました。

なんせ真夜中の2時過ぎにジャカルタ郊外で他に誰もいなくてたった1人ですから。

それ以降は深夜の営業活動は勘弁させてもらいました。 いくつもある「よくあの場面を切り抜けた」経験のトップクラスの思い出の一つです。 その後いろんな経緯がありましたが、幸いこの商談は落札になりました。当時のインドネシア商談だからかもしれませんね。

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