【第42話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。~最終話まであと5話~

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今回のいたずらの一件で、上の子に対してはまだもう少し泳がせようと思った。

自分で善悪の判断をしてほしかったし、間違ったり道を踏み外したとしても、まさか犯罪者になるほどではあるまいと、確信したからだ。

今しかできないいろいろな経験を、出来る限りやらせてあげよう、いざとなったら助けてあげられるように準備だけして、その時は手を差し伸べてやればよい。

男の子だ、自分の人生くらい自分の力で切り開いてくれるに違いない。

時間はかかるかもしれないけど、やっぱり信じようと決めた。

下の子に関しては、相変わらずなんのコンタクトも無く、母親からの連絡も無かった。

家出をしてから2カ月が過ぎようとしていて、街はすっかり秋の気配。

今年もそろそろ終わるけど、きっとこのままでは3人での年越しは難しいなと思い始めていたとき、予想もしていなかった出来事が起こった。

自宅の郵便受けなど滅多に開けない僕が、何日にかに1度の郵便物チェックの日、見知らぬ茶封筒が入れられていることに気が付いた。

その茶封筒はA4サイズの用紙を三つ折りにしてぴったり入る大きさのもので、厚みもなかなかの物。

あて名は間違いなく僕の名前で、住所も間違いない。

差出人は、水戸にある家庭裁判からで、見知らぬ差出人にいささかの不信感と、不安をぬぐいきれずに封を開けると、中には何枚かの紙が。

よく見てみると、こう書かれていた。

「親権者変更による調停の申し立て」

親権者変更?調停の申し立て?

離婚協議の時に調停をした時にも、確か同じような用紙をいただいた気がする。懐かしい気もする調停申し立ての意見書には、申し立ての理由が書かれていた。

「子供を育てるうえで、福祉上問題がある」

申立者は母親で、親権変更の対象者は下の子になっている。

中学2年生になっていた下の子は13歳。自分の意思が尊重される年になっていた。

急に何の前触れもなく送られて来た、親権者変更の申立書。

何かの間違いではないのかと目を疑ったのだが、どう見てもこれは、お弁当箱とは違い何かのいたずらというわけではなさそうだ。

だとすると、今になって、このタイミングで、下の子だけの親権者変更の調停を申し立てた、ということなのだろうか。

下の子が家出をしたからと言って、その原因は大したことではない。よくある親子の、それも思春期の子供とならなおさらで、どこの家にでもある食い違いではないか。

母親の方とはあまり連絡を取ってはいなかったけど、それにしても10年もほったらかしにした挙句に、いまさら親権者の変更の調停など、しかも、その理由が福祉上の理由である。

あたかも、僕が子供たちを虐待しているとでも言っているようではないか。

思い当たる節がない。

福祉上の理由・・・虐待・・・

口に出して言ってみるものの、なんの実感も無い。

仮にそれらの事柄が僕やこの家にあるのだとしたら、なぜ下の子だけなのか、なぜ10年ほったらかしにしたのちの今なのか。

上の子は引き続き僕が育ててこの家で暮らしていても、福祉上問題はないということなのだろうか。

「子供たちの面倒を見ることはできません」

と言って居なくなった母親が、いまさら親権者の変更など聞いてあきれるわと一笑に付したのだけれども、もしこれが現実に起きたことで、いたずらでもドッキリでもないのだとしたら、このまま放っておくことは出来まい。

国家権力である家庭裁判所からの呼び出しに応じないということは、出廷できない理由があり、且つ申し立ての内容を認めると言っているに等しい。

まずは、この申し立ての真偽のほどを確かめなければなるまい。

茶封筒表面下部に書かれていた裁判所の電話番号に電話をかけ、担当者だと書かれた名前の人物を呼び出した。

「すみません、ちょっと確認したいことがあるのですが」

この申し立ての件を確認してみたのだが、確かに母親から親権者変更の調停申し立てが出されています、ということだった。

「いや、でも10年も子供たちと接してなくて、僕が育ててるんですよ、10年。なぜ福祉上の問題があるなんてこと今更言われないといけないのでしょうか」

そう問いただしてみたけど

「私に言われても困ります、当日調停員にお話しください。それでは来週の金曜日ですけど、お越しになられるということでよろしいでしょうか」

と言われる始末。

一体、何がどうなっているんだ。

なんで今更こんな目にあわされなければならないのか。

今までの苦労と、自分の人生で失ってしまったものと、否が応でも乗り越えなければならぬ困難の数々が、どうしても釣り合わないような気がしてならなかった。

生活がある程度軌道に乗って、そちらの悩みが少し減ったと思ったら、今度はこっちか。

降ってわいてくるような数々の困難に、ほとほと嫌気がさしてきた。

いつになったら終わるんだ、いつになったら落ち着くんだ、いつになったら報われるんだ。

一体いつになったら、心穏やかに、誰とも揉めることなく生きていくことが出来るのだろうか。

ふと、調停になど行かずにこのまま知らぬふりを決め込もうかと、そんな考えも首をもたげるのだが、やっぱりそうはいかない。

下の子の人生を考えた時に、一人だけ親権を変更することによるメリットが、全くないように思えた。

下の子に関して言えば、逃げて逃げて逃げまくった挙句、引くに引けなくなっている様子は手に取るようにわかる。10年も一緒に暮らし、普通の人では考えも及ばないほどの苦労を共にし、辛いときも苦しい時も、一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒に生きてきたのだ。

これが、真意でないことくらい、僕にはわかる。

だとしたら、やはり助けてあげなければなるまいと、思うのだった。

ケンカして出ていった下の子だったけど、生意気な態度をとると憎たらしくてイライラするけど、僕にとっては、2人の子供たちは人生そのものと言っても過言ではない。

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