カンフー、空手、キックボクシング、K1,テコンドー、少林寺拳法、日本拳法

カンフー、空手、キックボクシング、K!、テコンドー、少林寺拳法、日本拳法

 ブルース・リーの「燃えよ!ドラゴン」が世に出て、カンフーという名前が世界中に広まった。日本では、その前に空手家だった沢村忠さんがキック・ボクシングに転身して有名になっていた。
 また、最近ではK1ブームもあったし、オリンピックに韓国のテコンドーが採用されてテコンドーを知った人もいると思う。私は、少林寺拳法をやっていた。道場では、日本拳法部の部員をよく見た。
 いずれも、打撃系の格闘技だけれど、なんでこんなに流派があるのだろう。統一してしまえばいいのに。
 私は、一番強いのはケンカだと思っている。砂をかけても、キンタマを蹴っても、噛み付いても、勝てばオッケーというのが一番コワイ。
 「ブルースリー」の画像検索結果

   受験でも、同じことで流派にとらわれないことが大切。四谷学院の55段階をやれば東大に合格できるとか、ECCジュニアをやって早期教育をやれば英語が身につくとか、公文をやって小学生から方程式をやれば身につくとか。
 全部、ウソ。
 それは、少林寺拳法が最強と主張するようなもので、虚しい。現実にあるのは、イノキが強いとか、大山さんが強いというだけのことであって、流派など関係ない。Z会のカリキュラムどおりやれば、誰でも京都大学に合格する?
 ありえない。
 四日市高校の宿題をきっちりやれば、国立大学の医学部に合格できるなんて幻想だし、現実にそうなっていない。本当に合格するのは、逆であって高校のカリキュラムを無視して内職をしたり、クラブを自主引退したりする反逆児が多い。
 


   私は、英語をマスターするために、受験勉強後は、大学の語学センター、ECC,リンガフォン、NHKの語学番組、そして、最後にアメリカで教師と、考えられることは全てやった。何でもありが最強なのだ。
 数学も、オリジナル、チェック&リピート、1対1、赤本を2周ずつやり、京大模試とセンター試験を10回受け、京大二次を7回受け、塾生用の独自教材を作った。何でもやった。
 ネットの広報も、何が有効かなんて考えない。Youtube 動画、ホームページ、ブログ、Facebook など、使えるものは片っ端からやってみた。


  ブルースリーが支持されたのは、ジークンドウが柔軟で打撃系だけではなくて、投げ技も、組み技も、武器も、関節技も、噛み付きさえありだから支持されたのだと思う。
「空手が最強」
 などという、固定化しか考え方では現実には対応できない時がくる。格闘技で対応できないということは、鼻を折られ、目が腫れ、歯が折られ、キンタマをつぶされることを意味する。ヘタをすると、殺される。
 受験でいうと、不合格になって志望校から弾き飛ばされることを意味する。予備校に通うにしても、私立に通うにしても、莫大な金額の出費を意味する。その後の人生はかなり変わってしまう。
 敗北とは、だから惨めなものなのだ。
高野人母美

   その痛みを知っている者は、日常生活が変わる。二度と、あんな痛い思いをしたくない。二度と屈辱はごめんだ。そういう思いがあると、規則正しい生活、つまり、睡眠、休養、栄養、運動などに気をつけるに決まっているのだ。
 勉強も同じことで、たとえ学校の宿題であっても合格と関係がないとなれば、やらない。悪友が遊びに誘っても行かない。文句を言われても、勝手にクラブも自主退部、勝手に生徒会も自主引退。
 孤立も恐れない。
 そういうのは、孤独ではなくて、孤高というのだ。
 血ヘドを吐いて、地面に転がるより猛トレーニングを積む方がマシだ。高校生に混じって50代のオジサンが、京都大学を受けるのは、一般的にいって変かもしれないが、そんなことはどうでもいいのだ。


 A子ちゃんは、↓経済的に厳しい環境だったから、何がなんでも国立大学で
なければならなかった。クラブを自主退部したし、お母様は生命保険を解約されたそうだ。自治医大などの学費が免除になる大学を探しまくっていた。
 本当に、何もかも「合格」にささげているような生活を送っていた。そんな必死の生徒に、
「当校は、強制クラブです」
 などと言う教師がいたら、ボコボコにしてやればいいのだ。バカなんだから。まともな神経の人間なら、キミが必死で目的を追求していたら邪魔など出来るわけがないのだ。

「合格発表」の画像検索結果
 
 大会に優勝できそうなクラブを断念しても、友達を失っても、恋人が去っていっても、勉強以外に何の思い出がなくとも、それでも頑張り続ける。その果てに、私のようにノイローゼで全身痙攣を起こして病院送りということもあろう。
 しかし、何もかも失って途方に暮れた先に「合格」が待っていて、思いもよらない未来が開けることだってあるのだ。
 私は、A子ちゃんだけでなく、そういう生徒を多く見てきた。どの子の人生も、感動的だった。そうでなければ、こんな文章が書けるわけがなかろう。彼らの生き様が私に無言で語りかけるのだ。
「後輩たちをよろしく」
 と。

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