自分を過少評価してはいけない。

自分を過少評価してはいけない。

 もしも、高校生の時に、若者の時に、こう言って背中を押してくれる人がいたら、人生が変わっていたかもしれない。

 そこそこ勉強ができて、スポーツもルックスも上の中。割合と他人にやさしく何をしても目立つそん

ざい。そんな中で暮らし、自分は中流で一生を終わるような気がしてた。無気力無感動だった高校時

代。

あのころは、自分のする事にいちゃもんつけたり、叱ったり、陰口言ったりする人はたくさんいた。

彼らは皆、無責任で、自分の言った事が私の人生が悪い方向に行っても知らぬ顔をし、あわよく、私の人生が良い方向に行ったら、恩を期待する人々だった。しゃべりかける事で私の自由をうばいとっていた。私の行動をふさいでいた。親でさえそうであった。

今の時代、少子高齢化で皆さんを取り巻く環境もにたようなものと思う。そういう時はえてして余裕が

無いものである。経済的理由や世間体と言う訳のわからない理由で皆をエスカレーターにのしたがる。

乗っているエスカレーターの中で自分の活路を見出せた者は幸せであるが、大部分の人はエスカレータに乗れた事に安堵し、向かっている処さえ考えず過ごす。エスカレータを降りたところが人生のスタート地点でありここから先が社会人と言う事になる。経済活動を行っていくと言う事になる。

その時でも遅く無い。でも早いほうがよい。

才能とは、その事の為に苦労・努力が出来るかである。経験は多いほうが良い。己の実力を試してみなさい。そして、自分のやりたい事ができたら、妻子以外は見限りなさい。

 私は今ださまよっている最中の為、経済活動と己の活路の両立が思うに任せず苦悩している。




続きのストーリーの設定を取り消す
タグ
このストーリーに続きを設定する









みんなの読んで良かった!