【第8話】限られた恋
女性にモテモテになることが、こんなに嬉しいことだったとは。モテキを確信した僕は有頂天になっていた。しかし僕のモテキはあっという間に魔法が解けたようにピークを迎える。
カオが僕の部屋で日本語のレッスンを始めてから2週間、全く発展がないのだ。
例えば手をつないだり、体をくっつけたり...なんて想像をしていたのだが、僕の妄想が広がるばかりで、彼女は何もアクションを起こそうとしない。
唯一したこととはいえ、連絡先を交換したくらい。彼女は純粋に僕に日本語を教わりたいだけらしい。
とういうより僕に全く興味がない様子だった。むしろ僕が彼女に近寄ろうとすると彼女は体を横にずらした。
しかも最近、同じ中国人のショウから衝撃的なことを聞いた。
彼女はきっと僕のことが気になってるに違いない。
彼女とはいつか...国境も超えた恋に発展するのでは?そんな淡い期待をしていただけに、その事実を聞いて愕然とした。
僕は美人を前にしたただの勘違い野郎だ。
育ちがいい彼女はいつも律儀にお辞儀をして、僕の部屋から出ていく。この間はわざわざ、アイスまで買ってきてくれたので、勉強を手伝いながら一緒に食べた。カオは物静かだが、勉強に仕事にいつも一生懸命だ。おまけに美人だし、礼儀正しいし、優しい。
「まあ、いっか。」
僕はたとえ彼女に彼氏がいたとしてもどうでもよくなっていた。
彼女のような人にはふさわしい相手がいる。彼女とひと夏を過ごせているだけでも僕にとって貴重な時間だった。
ある日、片桐さんが夕飯の買い出しに行くということで、そのついでに僕、ショウ、増田君、カオの4人をシオンの近くにある川に連れていってくれた。
片桐さんは僕たちをおろして、また戻ってくれるそうだ。
ペンションから外に出るのはずいぶん久しぶりだった。人里離れたペンションに僕たちは住んでいるため、こういう機会でないと外にはいけないのだ。
片桐さんが新潟一、美しいと称するその川は本当に美しかった。周りは脈々と並ぶ山に囲まれている。水が透き通っていて、魚が何匹も列を連ねて泳いでいた。太陽が指し、最高に気持ちが良い。
僕と増田君は川を思い切り泳ぐ。
水着を着ていたがカオとショウは水に入らず、岩場に腰をかけてこちらを見ている。
中国では学校で水泳の授業をしないので、泳げないらしい。
平日はたっぷり仕事をして、週末は思いっきり遊ぶ。まるで青春を絵に描いたような最高な生活だった。
「この夏は忘れられないな。」
増田君と泳ぎの競争をしながら呆然と思っていた。
その時、後ろから悲鳴が聞こえた。カオが謝って岩場から足を滑らせて、水に落ちてしまったのだ!
泳げないショウがあたふたしながら、カオがおぼれている方を指さして、叫んでいる。
僕は急いでカオがおぼれている方に泳いだ。カオは手足をジタバタして必死にもがいていた。その彼女の腕を強く掴んで。自分の方に引き寄せた。
カオが僕の首に腕を回す。まるでハグをしているみたいになった。僕はこの展開にドキドキした。
ショウと増田君が目を丸くして僕たちを見ていた。
落ち着いた彼女を岩場の方まで連れて行った。
意識ははっきりしていたし、水もあんまり飲んではいなかったので幸いにも大事には至らなかった。
水深はあまり深くはなかったが、泳げないカオにとってはとても危険な場所だったようだ。
カオは浅い場所で溺れてしまったことが、恥ずかしかったようだ。
ショウと増田君と話して、これ以上は危ないということで、この日は泳ぐのは辞めた。
やがで片桐さんがバスで迎えに来てくれた。
その夜、LINEでカオにペンションの裏側にあるベンチに来てほしいと連絡が来た。川での出来事にお礼を言いたいとのことだった。
そのベンチは夜は人があんまり来ないし、静かだけだど、鳥の鳴き声が川の流れる音が聞こえるくらい静かな場所だ。
「別にお礼なんていいのに。律儀な子だな。」
急いでパーカーを羽織ると、部屋を飛び出す。
僕が向かうと彼女がベンチに先に座っていた。僕は彼女の隣に座った。
彼女は僕に礼を言った。いつもどおり礼儀正しい。だけどいつもと様子が違う。
彼女と色々な話を始めた。
彼女の中国での友達や家族の話、大学の話。そして必然的にカオの彼氏の話になった。
彼女は寂しそうな顔を浮かべた。そして僕に体を近ずける。
僕と会ってから、彼氏の事をずっと忘れていた。僕との時間がとても楽しいと言ってくれた。
そして今日の僕はとても男らしく見えたと言ってくれた。それを聞いたら昼の事を思い出して、また心臓の鼓動が早くなった。
「もっと一緒にいたい」それは彼女からのいきなりの告白だった。
そして彼女は僕の手を握った。目に涙を溜めながら彼女は僕は見つめた。彼女の美しい髪が揺れる。
僕はつい愛おしくなって、カオを黙って抱きしめた。そしたら彼女も僕を強く抱きしめ返した。
彼女とは会ってまだ短い。お互いの事をよく知らない関係だ。
だけど、彼女のことをずっと知っているような気がする。
彼女は何か言葉を発しようとしたが、もう僕たちに言葉はいらなかった。
彼女には恋人がいると知っていたから罪悪感を感じた。もしかしたら、これでカオとカオの彼氏の関係が壊れてしまうかもしれない。だけど、これ以上自分の衝動を抑えきれなかった。彼女の気持ちを知ってしまった僕にはもう我慢ができなかった。
たとえそれが悪いことだとしても...。
僕は彼女の唇に自分の唇をゆっくりと優しく重ねた。
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