素顔10代な平凡OLが銀座ホステスとして売れっ子になるまで(6)
ユイの一言
その客は、入ってきたときから機嫌が悪かった。
伊藤と銀座のアイの店で飲んでから3週間がたち、私はだんだんと銀花の接客にも慣れてきていた。
あの夜アイに魅せられたように、店全体の空気を丸ごと接客する意気込みで、できることをした。
灰皿をかえ、お酒をつくるだけなら誰にだってできる。でも、そこを超えなければ彼女のようにはなれない。盛り下がっている席に話題を振ったり、オフの日でも客のカラオケの好みを聞いて、自分もデュエットできる曲を練習したりした。
ある日まだ早い時間帯から店にやってきた3人連れの客のひとりは、最初からひどくご機嫌斜めだった。
入口に到着した彼はスーツ姿のジャケットを脱ぐなり、無言で私にそれを押し付けるように預けた。
私はそれを受け取り、クローゼットにかける。
客Aは店の奥のコーナーに座ると、最初からぐちぐちとそんなことを言い出した。
よっぽど嫌なことがあったのだろうか。私は長いドレスの裾を少し手で手繰り寄せてから、下座にある丸椅子に座る。テーブルの端に置いてある氷のバケツから、水割りを作るために氷をグラスに入れ始めた。すぐに、客の隣には古株のユイがついた。
その接客は、さんざんだった。
客Aは口をひらけば愚痴のような言葉を言い、他の2人はいつものことなのかたわいもない話をしている。自然と、客Aの話は一番近い私が聞く形になってしまった。
何を話題にしても、話が悲観的な方向に向かうのだ。私はひどく気分が悪くなり、だんだんと彼の物言いを訂正してやりたい気持ちになってきてしまった。
そんな私の顔色を見ていたのだろうか。サヤカが席に来て、私は交代となり席を外れたときに、トイレに行こうとする私のところにユイがやってきた。
もしかして私の気持ちが態度に現れてしまったのかと一瞬ヒヤリとした。
ユイからそう聞いても信じられなかった。私はチラリと後ろを振り返って、その佐藤さんを見た。
ユイのその一言に、私は一瞬にして自分が恥ずかしくなった。
ひとの一面だけを見て判断していた自分。そして、ひとのいい面を見つけようとしなかった自分。
どこかで、カラオケバーのこと自体、見下していたのかもしれないのだと思った。
どんな場所にいたとしても、たとえそれがきらびやかな店でもカラオケバーでも、ひとの輝く部分を見ることのできる人こそが尊いし、どうとらえるかは自分次第なのだ。
ユイのひとことは、そんな衝撃をもって私の心に届いた。
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