うつ病と出会って20年、確信持って言えるがこの病気は悪魔だと思う

うつ病は突然何もかも奪いさります。


今まで何事もなく過ごせていた日常生活を180度変えてしまう恐ろしい病です。


うつ病と私の出会いは小学校3年生の時が初めてでした。

それまで元気に仕事をし、友人も多く、世の中のために尽くしていた父がある日限界をむかえた。


自分で言うのも恥ずかしいですが、父は忙しい中でも人一倍子供の面倒をよくみてくれていました。

平日は夜中に帰ることが殆どでしたが、休日は必ず家族と共に過ごし、夜には絵本を読み聞かせてくれるなど温かみがあり頑張り屋さんでした。


そんなどこにでもある日常がある時を境に音を立てて崩れ始めます。


ある日学校から帰宅すると何故か普段は居ない時間に父がいた。

普段ではありえないパジャマ姿、目は虚で顔も高揚というか赤くなっていて落ち着きがない様子で部屋を歩き回る光景に子供ながらに風邪等ではない何か大変なことが起きたんだと察したのを覚えています。


そう、頑張り耐えてきた父はうつ病という名の悪魔の病気になってしまいました。


その時を境に今まで当たり前であった日常が手の届かない非日常へと激変し20年にも及ぶ闘病生活が始まります。


日中は殆どベッドから出れず、ご飯も少量しか食べれない。

明るく話ていた父が一言も発しなくなる姿に私は戸惑いを隠せませんでした。

いったい何があったんだ?今の状況は何なんだ?

なぜ母まで追い込まれている顔をしているんだ?

子供心にあれこれ考えたけど、正直状況は飲み込めない。

でも時が立てばまたいつも通りになるだろう、その時はそんな感じで考えていたのを覚えています。


でも我が家はありふれた日常を送る家族に戻ることはできませんでした。


療養中の父を支えるために必死で働く母、3つ上の兄は私より事態をわかっていたのか深刻な表情をしていました。

明らかに家庭内が不穏に包まれ、それも悪くなる一方。  


時が解決するどころか悪化の一途を辿っていく現実。

そんな日々も数年経ち何かできないかと思い、ある時父をキャッチボールに誘いました。


私「お父さんキャッチボールしない?」


父「ちょっと今は無理かもしれん」


私「ちょっとでいいからお願い!」


父「悪いな、本当にちょっとしかできんぞ」


信じられませんでした。

今まで自ら近所の土手へ連れて行ってくれ、何時間もキャッチボールや他の遊びをしてくれていた父はここまで弱ってしまったのかと。


それでもキャッチボールがしたくて近所の公園へ半ば強引に行きました。


きっと長くは出来ない、一球一球を大事に投げるようにしました。


父「学校は楽しいか?」


私「楽しいよ!」


父「友達と仲良くするんだぞ」


私「うん」


こんな会話をしながらキャッチボールをしていました。


でも途中から気付いた、父は10mくらいの距離を投げるのでさえ凄く辛そうにしている。

子供心に悟ったのはこれが多分最後のキャッチボールになるということでした。

それを思うと最後の方は涙が止まりませんでした。


多分それを父も理解したのでしょう。

無言ながら一生懸命に投げてくれました。


全部でキャッチボールは20球もできなかったと思います。

この時に初めて理解しました。

父はとてつもなく重い病気になってしまったんだということを。


月日は過ぎ去り私も中学生になった。

家では相変わらず重たい空気が流れていて正直私の心も荒んでいった中1人の友人Kと出会う。

Kは何故か同じようなオーラと言うか雰囲気が似ていて仲良くなるまで時間はかからなかった。

理由はすぐわかったけど、Kのお母さんがうつ病であったんです。

当時家では笑顔も作れない程荒んでいた心の拠り所がKを中心とした友人達で、毎日逃げるように遊びまわっていました。

申し訳ない話だが、私もKも当時はうつ病を否定と言うか甘えという本当にガキの考えを持ってしまっていて事あるごとに愚痴を言いあっていた。

私「俺のお父さん何年もうつ病で治ってないんだけど、これ何なん?」

K「いやー、家の母ちゃんもそうだけどぶっちゃけ頑張れんじゃねーの?って最近思う」

私「俺も思うよ、病気なの?って、それに家の中暗くならん?」

K「なるなる。なんかどよーんとしてるよな」

今思えば最低の会話だったけど、正直出口の見えないトンネルみたいで私やKは嫌になってしまっていました。

そんな日々の中衝撃的な出来事が起きました。

父の自殺未遂。電車に飛び込む寸前で周りの人に助けられました。

屈強でありそして優しい父が涙をぼろぼろ流しながら死にたい、もう頑張れないと親友の方に電話で嘆いている姿を見て今まで家にも寄り付かず愚痴ばかり言う自分を後悔しました。


私「昨日父さんが自殺未遂したよ…」

K「⁈マジ?」

私「ああ、俺らにはわかんないけど、もしかしたらシャレにならない病気かもしれんよ」

K「いやー、自殺までしようと思うか?」

私「わからない、でもこれ以上頑張れないってひたすら言ってたから追い込まれてるんだよ本人は」

K「そうかー、でも自ら命を絶つってのは俺には考えられねーな、もっと遊びたいしな。でも母ちゃんには優しく接するわ!」

この出来事を境に私の中でうつ病の見方が変わったのと同時に家族も一緒に苦しんで闘わなきゃいけないんだとわかりました。

その後父は一定期間の入院を経て少しづつですが、1日を行動できるような回復も見せてきて徐々に明るくなってきました。

私も無事高校へ進学しKとは別の高校でしたが、相変わらず連んで遊んだり、彼女ができたりと楽しい出来事が増えて荒んでいた部分も無くなってきました。


そんな細やかな日々に悪魔は容赦無く襲いかかってきます。

今度は兄のうつ病が発覚しました。発覚できた理由は職場での自殺未遂。衝動的に手首を切ってしまった。。兄も閉鎖病棟へ入院。。

何故なんだ?何故家ばかりがこんな目にあうんだ?

街では平穏で幸せそうな家族がいっぱい歩いている中、自問自答し続けました。

もうどうすればいいのかわからず、すがる思いと先が見えない恐怖。万一母も病気になってしまったらどうする?

混乱の極みでした。

しかし救いは兄のうつ病は軽度のものらしく、入院後自宅療養を経て無事社会復帰に成功しました。

父も決して回復したとは言えませんが、以前より体調も優れてきたようで少しづつですがいい方向へ進んでいってるような気がしました。

なんとか穏やかな日常を送り晴れて私も社会人となりました。そんな中久しぶりにKと会う機会がありました。Kが地方へ引っ越すとのことで、手伝いもかねて顔を見にいきました。

しかし、Kの様子が少しおかしい。聞けばKは結婚を考えた彼女と破局したこと、会社が倒産して失業中で今回心機一転地方のため地方の会社へ就職する等、決して順風満帆の様子ではありませんでした。

引っ越しの道中でも会話から違和感がたくさんありました。

K「いやー、死にてーわ笑」

私「何言ってんだよ笑」

K「もう限界なんだよね」

私「まじで言ってるのか?」

K「マジマジ笑」

話を聞けばKは実家ともある事情で絶縁状態となってしまい、心機一転は建前で本当は寮付きの仕事先がそこしか見つからなかったからの就職のようでした。私はKのいつもとは違う違和感にうつ病を疑いました。

私「K、地方へ今行くのは本当に身体のことも考えて大丈夫なのか?」

K「正直キツい。」

私「身寄りがないんであれば病院で診断してもらって、生活保護を受けないか?」

K「いや、働かないと人間ダメになるから頑張るよ」

私「でも今無理するより1度休んで再起した方がいいんじゃないか?」

K「じゃあどうしても無理ってなったら連絡するわ!それより飯食ってから解散しねー?」

私「ごめん、今日この後予定があるから荷物降ろしたらそのまま帰るよ!」

K「そうか、じゃあまた遊びに来てくれよ!」

駅まで送ってもらいKは笑顔で「また!」と言って解散しました。

これがKの笑顔を見た最後になりました。その翌週Kは自ら命をたちました。

これが6ヶ月前の出来事で、今私自身もうつ病に苦しんでいます。以前では普通に行えた日常生活が行えません。そして何かの拍子に心が折れた時と思うとゾッとする時があります。


うつ病と出会って20年、この病気は甘え等とは程遠く時には人も殺します。自ら命を絶つ人は最後必ずサインを出すと思います。それは生きたいから。少しでもこの病気の恐ろしさを知ってもらいたく投稿しました。

ありがとうございます。

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