33年目に気づいたこと
先ほど突然思い出し、そしてようやく理解した事(いや、相変わらず勘違いのままかも)。
今から33年前の高校2年生の頃の話である。拙は、親が放任主義だったためまあ破天荒な学生で、学ランの第一ボタンは紛失、インナーはいつもTシャツ、長い茶髪(元々濃茶色なのだが部活で日焼けしていた)、部活は荒くれのラグビー部、バンドは他高校の友人と組んでいて、こっそり中型バイクで遠出や峠を楽しむなど、真面目なうちの校風からしたら相当なアレだったと思う。
実はラグビーもギターもバイクも過去に全くモテた事が無い自分に自信をつけるために始めた「男っぽい」事だったが、当時は女子の前では逆に緊張してうまく話せなかった(当時を知る同級生は「スカしていた」と言うがそれは違う、女性恐怖症と言って良い)。しかし、なぜかあちらが怖がらずに正面から話してくる数人の女子(仮にスルー女子とする)と、小中学校の同級生とは不思議に話せた。
ある日、音楽準備室でクラッシックギターを弾き倒していたら(うちの高校は音楽の授業がギターで行われていて、弾ける生徒は音楽準備室出入り自由だった)、机の上に村下孝蔵の新譜「初恋」(アルバム、もちろんレコード)が置いてあった。当時学生の小遣いは月に1枚アルバムを買うとそれでお終いな感じ(当時アルバムは2800~3000円)だったので、貸し借りをしてテープに録音させてもらう事が多かった。そこで、そのアルバムも貸してもらおうと思った。
するとその直後、後ろから「それ、借りても大丈夫だよ」と声が。振り向くとクラスの情報源と呼ばれているスルー女子がいつのまにか部屋に入ってきていた。「誰の?」「ああ、大丈夫大丈夫、それ私が友達から借りてるんだけどすぐ返してくれるなら大丈夫」というようなやり取りをして(うろ覚え・・)借りて帰り、自宅ステレオでダビングして翌日音楽準備室の同じ場所に戻しておいた。
その後いつだったかは忘れたがスルー女子に「アルバム元の所に返しておいたから」と話すと「ああ、あれ?あれ実はさー、○○のアルバムだったんだぁ。○○にも貸したって話しといたからねー。」「な・ん・だ・と?!」おそらくそれを聞いた瞬間拙の顔は耳まで真っ赤になっていたに違いない。○○ちゃんは学年一の美少女で男子みんなの憧れだった。先輩を含め名だたるプレイボーイが挑み悉く惨敗という噂もあった。その○○ちゃんのアルバム!
その時ふと頭をよぎったのは喜びより先に、○○ちゃんがスルー女子に「え!あの人に貸したの?やだなぁ」などと言ってはしまいかという疑心暗鬼だった。何しろあれだけの人気がある彼女だから、先生と職員室で掴み合いの喧嘩をしているような輩に自分のなけなしの小遣いで買ったアルバムを触られて嫌な気分になってはしまいか。そればかり考えた。
実は○○ちゃんのことは1年生で同じクラスになったその日からずっと恋い焦がれていた。大人しく真面目なタイプで男子とはほとんど話さないので、女性恐怖症の拙が彼女に話しかけるなど夢のまた夢。隣席になった事もあったが、プリントの受け渡しであってもそのしなやかな指に見とれつつ「ども」的なワードを口でもごもごすることしか出来なかった。まさしく「初恋」の歌詞そのものの状態だった。
そして先ほど、相手の立場になって考えるという話をTVで聞いていてハッと気づいたのだ。拙は「初恋」のアルバムの主人公に自分を投影してウジウジと暮らしていたのだが、それは○○ちゃんも同じだったのでは?彼女が口数が少なくあまり男子と話しをしなかったのは、拙と同じように男性恐怖症があったからでは?
そして、彼女が気にしている男子に何らか気持ちを伝えるアプローチとして考えられることは?あのアルバムは本当に偶然音楽準備室にあったのか?○○ちゃんもスルー女子もギターが弾け無いのになぜあの部屋に出入りしていた?あの部屋で恒常的にギターを弾いていたのは拙とY口とマナブやんだけだ。あの二人が○○ちゃんの好みとは到底思えない(ごめん)。そして、あのタイムリーかつ意味深なアルバム。
拙と○○ちゃんを知っている方々に批判されるのを承知で書くと、もしかするとあれは彼女から拙へのサインでは無かったのか。鈍感で無知な拙は33年経つまで気がつかなかったのかも。後悔先に立たずだが、そうだったとしたら3年生のときに拙が一念発起したあのコトは逆に正しかったのかもしれない。ああ、神様時間を33年前に戻してください・・・。
著者の増田 和順さんに人生相談を申込む
著者の増田 和順さんにメッセージを送る
著者の方だけが読めます