思い出のバスに乗って:三度笠でござんす

 

ずいぶん以前のことではある。

所沢の妹からのメール内容に思わず懐かしくなり、すっかり「股旅気分」(笑)

 「股旅CD」手にいれた。覚えてる?
 
♪「春は世に出る草木もあるに アホウ烏の
   泣き別れ~」

大川橋蔵主演映画「旅笠道中」で、三波春夫が歌っていたものだ。そして、歌詞の1番から3番までそらんじておる自分だ。

いったいいつ頃のことであろうか。

そう思い、調べて見ると、なんとわたしは10歳、妹は8歳ではないか。
わたしは近頃、我が妹の記憶力の良さに、舌を巻くのである。二つ年上のわたしがちっとも覚えていないことまで彼女はしっかり記憶していることが多い。おそろしや、逃げも隠れもできません(笑)

誤って弟分の源次郎を手にかけてしまった草間の半次郎。伊那でその源次郎を待つ盲目の母親(浪花千枝子)のためにと、源次郎の妹に頼まれて息子を装う。盲目と言えど母親は、やがてそれが息子でないことに気づくのだが・・・

懐かしくてその歌が聞きたくなり、Youtubeで検索すると、出てくるのは同じ「旅笠道中」でもショウジ・タロウや氷川きよしの「夜が冷たい 心がさむい~」ばかり。わたしは俄然、三波春夫の「旅笠」が好きである。

若い頃から、あちらこちらと落ち着きなく彷徨して、母にはずいぶん心配をかけたわたしだ。
3番目の最後の箇所、「伊那の伊那節 聞きたいときは 捨てておいでよ三度笠」の辺りに来ると、なぜかジンとくる。ポ国に嫁いでくるときに、亡き我が母が言った、「どうしてもダメだったら、わたしの目が黒いうちに帰ってくるんだよ」の言葉と重なってしまうのだ。

我らが母はハイカラで洋画好きな人でした。同時に時代劇をも好み、わたしと妹はかなりたくさんの東映任侠映画を見せられた。特にわたしの記憶に残っているのは、亡き母が大ファンだった長谷川一夫の「雪の渡り鳥」である。
                                           
♪「かっぱからげて三度笠 どこをねぐらの渡り鳥
愚痴じゃなけれどこの俺にゃ 帰る瀬もない伊豆の下田の灯が恋し」
                                                   
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-wikiより-

伊豆の下田の渡世人、鯉名の銀平の秘めたる恋を絡めた、ご存知股旅映画。雪の降りしきる中、合羽絡げて三度笠をかぶり、スックと立つカッコよさに、子供のわたしは至極憧れたものである。「鯉名の銀平」と名がすぐ出て来るのは、検索したからではない(笑)

この主題歌は3番まであり、それをわたしは全部そらんじてるのである^^
      
♪「払いのけても降りかかる なにを恨みの雪しぐれ
俺も鯉名の銀平さ 抜くか長ドス 抜けば白刃の血の吹雪」

と、歌詞に名前が出てくるから覚えているのである。

ちなみに「かっぱ」の語源はポルトガル語の「capa」。大学生が今でも着る。16世紀にキリスト教布教に訪日した宣教師たちが羽織っていたもので、南蛮蓑とも呼ばれ、元は高価な布を用いて織田信長、秀吉を始め、上級武士の間で広まり、後に裕福な町人にひろまったようだ。それがいつの間にか渡世人のトレードマークになるとは、あな不思議。

capabatina.jpg

ふと思った。
昨今の新しいJ-ポップ(Japan pop music)、色々とある。中にはなかなかいい歌詞もあるにはある。しかし、これから30年40年経ち、今のティーンズたちがわたしの歳になったころ、彼らにとってそれらの歌はどんなものになるだろうかと興味深い。
                                                                           もう40年以上も昔に覚えたこれらの歌詞は、日本古来の七五調であり、そらんじ易い。藤村も啄木も土井晩翠も、堀口大学の訳詩集「月下の一群」も、それらの作品はなべて、この七五調である。若い時にそらんじたこれら七五調の歌や詩が、時折ふと顔を出して子供の頃や母との思い出にわたしを誘う。過ぎし日に思いを馳せながらつくづく思うのだ。人生って初めから今に至るまで、何から何まで繋がってるんやなぁと。

それでは今日はみなさま、この辺で。
西も東も風まかせ。失礼さんでござんす。

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