突然の訪問者
ものすごく気になる夢を見た。
僕と妹と母は家にいた。
普段は仕事で多忙な三人が、偶然にもその日は皆が休日で、家族三人が揃うのは久しぶりだった。
夕飯を済ませたあと、母は居間でテレビを見ながらくつろいでいる。
妹は部屋で、ロッド・スチュワートのアルバムを聴きながら来週のスケジュールを組み立てている。
僕はベランダで一服していた。
来週の半ばには、母の誕生日がある。お祝いをどうしようかと考え、妹にも相談してみることにした。たばこの火を消して部屋に入る。
居間でテレビを眺めている母の後ろを通るとき、妙な緊張感があった。
「トイレ、トイレ」そんなことをひとりごちながら、母の後ろをそそくさと通り過ぎた。
妹の部屋に向かい、扉を叩く。
「入るよ」
「ほーい」
妹の声が聞こえたので部屋に入ると、CDコンポの前で布団に横たわりながら手帳とにらめっこしている妹がいた。
僕は部屋に入ると、妹との会話を母に聞かれないようにするため、CDコンポのボリュームは全部は消さずにほんの少しだけ残した。ロッド・スチュワートが小声になったところで、妹に尋ねた。
「来週の予定はどんな?いけそう?」
夕飯のあとに、母が食卓を立ったタイミングを見計らって、来週に控えた母の誕生日のことについてあとで話をしようと言ってあった。
「うーん、なんとか調整しよるんじゃけどねー」妹が頭を掻きながら答える。
「厳しそう?」
「いや、なんとかする」
「さすが。男前じゃな」僕は妹を茶化したのではなく、その「なんとかする」と言ったときの妹の顔は、本当に凛々しかった。
話がまとまりそうな頃、ふと部屋の扉が開いた。
母がやってきたのかと思ったが、部屋に入ってきたのは、見ず知らずの少年だった。たぶん小学四年生あたりの子だろう。
僕は彼の表情を見て、異様であることはすぐにわかった。
少年の足取りは重たく、一歩また一歩とゆっくり部屋の中に入ってくる。表情は喜怒哀楽すべてが欠落している。
ただ、その少年がすぐさま何かをしようとしているのではないことだけは感じていた。でも、何かはしようとしている。
僕はあまり刺激をしないように、そっと少年に近寄った。
近寄りながら、少年のズボンのポケットから包丁の柄がはみ出していることに気づいた。
僕は少年に飛びついた。それと同時に、少年はポケットに手を入れた。僕はその少年の両腕を取り押さえた。
しかし、少年はその見た目に反してかなり力強く、こちらが少しでも気を抜けば振り払われてしまいそうだった。
僕は少年の両腕を力いっぱい押さえながら、妹に向かって叫んだ。
「部屋から出んさい!はよう!」
母は無事なのか気になったが、今は妹をこの場から逃すことが最優先だ。
しかし、妹はなぜか部屋から出なかった。
その時、僕は少年の腕から何かを感じた。
「そんなつもりはないんです」
少年はそう言っているような気がした。
それを感じた瞬間、僕はほんの少しだけ力を弱め、取り押さえるというものから寄り添うという力加減に変えた。
それを少年が感じ取ってくれたのか、腕の力が抜け落ちたと同時に、目から涙をこぼし始めた。
少年の身に、何かがあったことだけは間違いなかった。
なぜか僕も涙が溢れてきた。
少年の両腕を優しく掴んだまま、僕は尋ねた。
「どしたん?何があったん?」
その言葉を聞いた少年は、体を震わせながら泣き始めた。
なぜか僕も涙が止まらなかった。
刺されるかもしれないと思いながらも、僕は少年を抱きしめた。
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