児童虐待のPTSDを克服した経験をあなたに

前編: 写真家 長谷川美祈さんの「児童虐待可視化プロジェクト取材・撮影」を受けました
後編:  文部科学省選定ドラマ「愛を乞うひと」を観て感じたこと

11月は児童虐待防止月間です。来年2017年の11月にはSTORYS.JPさんからご縁を頂きました写真家長谷川美祈さんの児童虐待可視化プロジェクトの写真展が予定されています。

改めまして記事を書いてみるようにアドバイスして下さった「もんまけんいちろうさん」と、このようなご縁を頂くきっかけを与えて下さったSTORYS.JPさんにお礼申し上げます。


今回は私の児童虐待の「PTSDの克服」についてお伝えします。

今現在も苦しまれているどなたかの回復のご参考になればと思っておます。


PTSDは「心的外傷後ストレス障害」と言います。

強烈なショック体験、強い精神的ストレスが心のダメージとなり時間が経過してもその体験に対する恐怖を感じます。

例えば自然災害、事故、事件、暴力、犯罪、虐待、いじめ、DV、ハラスメント被害などが原因となります。

PTSDを説明する時に欠かせないことは「フラッシュバック」です。

これは強いトラウマ体験(心的外傷)を受けた際、後に突然その記憶を鮮明に思い出したり、夢に見たりする現象です。

PTSDの特徴的な症状の1つです。

記憶の蘇りは無意識に起こり、今まさに現実として目の前でその出来事が起きているような感覚になります。

更に寝ている時に両親に殺されかけたり、母親が自殺未遂をする「悪夢」も長い間見て来ましたが、先に上記の2つについてお伝えします。


私がPTSDになったのは2003年5月からです。

きっかけは、2002年に入籍し挙式をしないつもりでしたが、夫の実家側が気を遣い式場と日程を決めたのがこの時期でした。

入籍をする際、自分の両親に虐待を受けたことを夫の両親・兄弟とその配偶者の方に説明しました。それでも本当の意味で理解をして貰うのはとても難しいことでした。

逃れられない状態で予定が迫り来る内にフラッシュバックで毎日苦しむようになりました。

(※詳しい内容は、来年の児童虐待可視化プロジェクトでご説明するかも知れないので割愛します。)


O4年3月~05年8月まで通ったメンタルクリニックで

セラピスト(臨床心理士)との心理面接(広義のカウンセリング)の中で、それまで記憶の底に抑圧していた虐待の記憶を掘り起こし具体的な意味付けをしたことと、

クリニックの図書館で専門書を読む中で自分の人生に起きたことを客観的に知れたのが、1つの回復でした。

03年5月からフラッシュバックを経験し、酷く苦しい身体反応としてのPTSDの時期は05年の何月かまでだったと思います。

05年の後半辺りは「もうクリニックに通わなくてもいいかなぁ。でも図書館の本をもっと読みたい」と思っていて、

担当医に話すと「本を読み終わるまで好きなだけずっと通って良いよ。」と言ってくれました。

最後の方は本を読むのがメインで通っていました。


05年8月のクリニック卒業以降は、日常のふとした瞬間に過去の記憶が現実と重なるのですがPTSDのように身体的に苦しくなったり感情を揺さぶられるのではなく、

ふっと蘇り現実に記憶が重なって見えてまた静かに消えていくような感じでした。

その時は「今まで取り戻していなかった記憶を取り戻したのだから仕方ない。どちらも自分の本当の記憶だから…」と思っていました。

心情としては悲しい記憶が勝手に見えてしまうのは残念ですが、それは現実の自分を脅かすまでの脅威ではなく、そして紛れもなく自分の人生の一部だと自覚している感じです。

緩やかに虐待の記憶が時折自分の内側から浮上し、それが現実と重なるのをぼんやりと見ている感じです。

しかし2011年の3月11日に東日本大震災で地元が津波の被災地となることで、状況が変化して行きます。(後述します。)


このような状態が数年ずっと続きました。

クリニックで読んだ本の中でトラウマの克服、PTSDの克服と言う観点から1つ挙げるとイギリスの精神科医ディビット・マスの著書「トラウマ」本を1番読みました。

本の全部ではなく、トラウマの巻き戻し法を繰り返し読みました。

難しいと思いましたが、何としても克服したいと思いそのページのイメージを自分もできるようになるまで何度も読みました。




次に「悪夢」についてお伝えします。

PTSDの悪夢とは「再体験症状」と言います。

トラウマとなった不快・苦痛な出来事をフラッシュバックとして夢の中で繰り返し再現することです。

悪夢はずっと長い間見て来ました。

間隔は具体的に何か月置きの周期など調べていませんが、大体数か月単位でした。


・両親に虐待を受ける夢

・父親に殺される・殺されかける夢

・黒い影が刃物を持って追いかけてくるが、それが父親であると認識していて町を走り回って逃げる夢(自分一人の時と、自分が小学生で6歳下の幼い妹と一緒に逃げる時もあり)

・母親が自殺する夢

・母親の自殺を止めようとする夢など


これらのパターンをずっと見て来ました。

現実の自分が夢の内容に


・驚いて目が覚める

・うっすらと涙を浮かべている

・寝ながら涙が頬を伝うのに気づいて目が覚める

・(夢で父親に刺された瞬間や母親の自殺を止めれなくて)叫びながら泣いて起きる

・(夢で父親に追われたり殺されかけて)呼吸が困難になって息苦しくて起きる


などの現実の自分との連動がありました。


軽く泣いている程度の時は自分の記憶だからとあまり気にしないようにしましたが、酷く泣いていたり呼吸困難になって目が覚めた時は

「このままではいつか自分の夢で現実の自分が死んでしまうかも知れない」と恐怖を感じていました。



2011年の東日本大震災の時、地元のことだけを考えようとしても両親に虐待受けた記憶が再度色濃くなり、特に悪夢の状態が悪化して行きました。

泣き叫びながら起きること・呼吸困難になり目が覚める状態が多くなりました。

その時初めて「もう1度クリニックに行かないといけないのかも知れない」と悩みました。

翌年の2012年に心屋仁之助さんをテレビで知り、心屋塾に興味を持ち色々と自分で学んだ辺りから夢も徐々に変化して行きました。

上記の夢の状態から

・家族でばあちゃん家にいて喧嘩をしている夢

・言い争いはあるけど虐待をされていない夢へと変化しました。

最近は夢に家族が出て来ても普通に話し合っていたり、穏やかな状況に変化しています。

「悪夢は全く見ていない」と言い切って良い状態です。

悪夢について全く対策しませんでした。「自分の記憶だから仕方がない」と思っていたのでどのような対処があるのかさえも調べませんでした。

(調べてみたら、投薬等があるそうです。)

私の場合は数か月単位だったので、夢を恐れると言うよりは「後味の悪い夢を見てしまった」と1日のスタートの前に後悔する感じでした。

2011年の震災以降に呼吸困難になって起きることが頻発した時は、死の可能性の不安を感じました。


PTSDの悪夢については、自分の無意識下で未だに癒えていない心の傷が睡眠状態と言う意識と無意識の境目が薄くなっている時に浮上すると考えられます。


先日、偶然相方がホラージャンルから借りて来たDVDが参考になると思ったので、紹介します。

ソムニア -悪夢の少年-


作品中の気になる言葉を書き留めました。ご参考になさって下さい。


「まるで現実のような鮮明な夢でも夢じゃない。起きていても同じこと。」


「罪悪感や恐怖と言った負の感情をこらえ睡眠時間が不足すると潜在意識が対処しようとする。目覚めていても。」

「我々は覚醒時でもレム睡眠を得られる。それが白日夢だ。」

「夢も白日夢も自分自身との対話に他ならない。夢の登場人物は全て自分自身。」


「辛い感情を押し殺した時、何かにおびえている時、そのはけ口が潜在意識しかないこともある。」


「自分の心の声に耳を傾けて出口を求める感情が何かを考えると良い」


つまり…

未消化の感情と自分自身が和解した時、

悪夢が自然とあなたの中から消え去る時が来るでしょう。

きっとあなたにも穏やかに眠れる日が必ず来ます。

私にもできたことですので「あなたにもできる」と信じていますよ。



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 文部科学省選定ドラマ「愛を乞うひと」を観て感じたこと

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