父さんにもしものことがあったら読んでほしい手紙(7)

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桜木町、赤レンガ倉庫、大桟橋。大型客船のロイヤルウイングに乗船し、ディナークルーズへ。ランドマークタワーはオレンジ色に染まり、みなとみらい21が大きなパノラマとなって迫ってきた。いつになくあわただしく過ぎていく夏の日の鮮やかなサンセットだった。

家族三人、新幹線に乗って横浜に行ったね。

母さんとサチのいつもと変わらない様子が何よりも嬉しかった。普通に振る舞ってくれたことがほんとうに心強かった。この小旅行が父さんにとっては家族を感じる大切な時間になった。遺書を書こうかと思い悩んでいた心を洗われる思いがした。

みなとの見える丘公園、外国人墓地。

元町、中華街、マリンタワー。

そして、ホテルニューグランド。

「終戦後にな、アメリカ軍のマッカーサー元帥がおったホテルなんやで。本館の315号室がマッカーサーの執務室。」

父さんはそう言って、大時計の前で元帥気どりのポーズをとったな。

母さんがその写真を撮って、

「父さんさ、名古屋はもうええから、横浜に転勤してよ。」

母さんはそんなことを言うし、

「横浜は見るところがいっぱいあるし、父さんがいてくれたら、母さんと遊びにいくよ。」

サチも言うから、

「中華街もあって、豚まんがおいしいし。お土産はいつも月餅か。」

父さんも笑ってみた。

その日、父さんは遺書を書くことをやめることに決めた。

そして、事情を説明しなければいけない相手には、たとえば会社の人には、「肺がんだけれでも、早期発見でした」「とても幸運でした」「手術をして術後5日で退院します」と意識して言い続けた。

9月になったら、シルバーウィークの前に手術をする。

少しの有給休暇をとり、連休が明けたら何事もなかったかのように社会復帰すること。それだけを考えた。独りよがりかもしれないけれどもも、そうしたらだんだんそうなっていくような気がしてきたんだ。

母さんがアレンジしてくれた横浜旅行。

このときの旅行を父さんは一生忘れない。

得体のしれない自信がだんだんと深層心理の中で醸成されていったのか、寝つきの悪い夜はなくなっていった。

母さんはよく言う。

「背伸びしすぎたらあかん。等身大っていうやつやな。」

力みのない生き方が母さんの信条だ。

「そこそこの幸せいうのが一番ええんやよ」

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父さんにもしものことがあったら読んでほしい手紙(8)

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