今、死のうと思っている人に届いて欲しい。そんなお話。

 2005年12月25日夜、俺はアパートの最上階から飛び降りた。遺書は書かなかった。何故なら、衝動的な行動だったからだ。

 地面に墜ちた時の、激痛は忘れる事の出来ない思い出だ。

(ああ……、死ねなかった…………)

 そして次に思ったのは、これからどうしようか、という事だった。しばしの間考えた末に、芋虫の様に這いずって、そのアパートのある部屋の前に向かった。その部屋まで何とか這っていった俺は、力を振り絞ってチャイムに手を伸ばし、部屋の住人に助けを求めた。


 何回もチャイム鳴らした。その異常さ加減に気が付いたのか、その人は部屋の扉を開けた。

 そこには、俺の妻がいた。妻は、驚いて言葉を喪って立っていた。つい少し前に喧嘩をしたばかりの、そして、その喧嘩をした彼女への当て付けとして自殺を図った俺が、立てもせずにそこにいたのだから、その衝撃は過酷だったろう。


 妻は俺の状態を視ると、すぐに部屋に戻っていった。不安に思いながらも、何も出来ない俺は待つしかなかった。しばらくすると、彼女はまた扉を開け顔を見せた。

「救急車呼んだから」

 俺は何かを応えたのか、応えなかったのか、それは忘れてしまった。それだけ、自分にしか関心が無かったのだろう。その後、彼女は何か言葉を掛けてくれた。具体的には忘れてしまった。そして自分勝手だけれど、俺は安堵と罪悪感に身を委ねていた。

 そしてサイレンを鳴らさずに来た救急車に運ばれて、俺の自殺未遂の話は終わった。


その後、入院中に妻とは離婚をした。妻がそれからどうなったのか、今どうしているのかは分からない。知る資格も無いだろう。しかし、何処かで幸せになっていて欲しい。

 二ヶ月程の入院の後、実家に戻り療養とリハビリに約五年を費やした。その頃には、もう28歳になっていた。つまり、20代のほとんどを療養期間とした。

 結局、俺は家族全員を苦しめてしまった。


 最後に。自殺などするものではない。未遂にしろ既遂――自殺をしてしまう事――にしろ、自分や周りの人への負の影響が多き過ぎるのだ。

 俺は今、33歳だけれど、10年経ってようやく、何とか自分の中で解消し始めようとしている位だ。しかし、この出来事が消える訳ではない。この罪を背負ったまま生きていかなければならない。その辛さや苦しみを、他の人に味わって欲しくはない。だから、恥を忍んでここに書いた。


 今、死のうと悩んでいる人に届いて欲しい。お願いだから、死なないで下さい。苦しみなら、俺が背負って生きますから、貴方が苦しむ必要は無いんです。生きて下さい。


著者の市川 健春さんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。