先物取引の悪夢

 今から約20年ぐらい前、東京に住んでいたときのことである。

 仕事にいそしんでいたとある日、職場に先物取引会社から勧誘電話があった。さっさと断ればよかったのだが、私はついつい電話口で話し込んでしまい、その後、営業マンと会うこととなってしまった。

 今思えば、営業マンと会ってしまったのが運の尽き、私は先物取引の仕組みがよくわからぬまま、営業マンに言われるままに取引を行うこととなり、確か、白金を3枚(注1)、証拠金10万/枚×3枚=計30万円の投資から始めたと記憶している。


注1:工業品の先物取引の場合、取引単位を枚といい、例えば、白金は1枚1000グラムが取引単位である。

 

 ここで先物取引の仕組みを簡単に説明しておくと、先物取引とは、商品を先のある時期(これを限月という)までに、相殺取引をすることで利益を出そうというもので、例えば、今の時点で2017年4月限の商品を買うか又は売り、その月までに反対の取引、すなわち、買ったら売り、売ったら買い、という取引をする。


 この取引の最大の特徴は、少ない資金で実際は多額の取引(注2)ができること、また、買いからでも、売りからでも始められるという点にある。将来的に値上がると思えば買いから始め、将来的に値下がると思えば売りから始める。売りから始めるのは、空売りという。


注2:私の例では、確か、当時、白金は1グラム1000円ぐらいだったので、実際の取引単位においては、1000円×1000グラム=100万円/枚である。これを売買するに、証拠金10万円を拠出するだけでよい。


 買いから始めて思惑通り値上がりし、その時点で売れば利益が出るし、思惑が外れ値下がりし、そのまま値上がらなければ、いずれにせよ限月までに相殺取引をするので、損となる。


 一方、売りから始めた場合、思惑通り、値下がれば、取引上は高く売って安く買い戻すということになり、その差額が利益となる。また、値上がれば、安く売って高く買い戻す事になり、その差額が損となる。


 話を戻すと、私が取引を始めた当初は、それなりに利益が出ていたようだが、その間は何もしなかった。というか、知識がなかったので、何もできなかったと言う方が正しい。

 そんなある日、職場に営業マンから電話がかかってきた。営業マンが言うには、ストップ高だったかストップ安だったかは忘れたが、いずれにせよ、大きく値が動き、証拠金が足りなくなったので、追証拠金を入れてほしいとのこと。

 私は何がなんだかわからなかったが、後で知ったところでは、最初に投資した額は証拠金と言うが、これは取引に伴う担保であり、その証拠金の1/2以上の損が出て(注3)、かつ、そのまま取引を続ける場合は、追証拠金を入れなければならないとのこと。


注3:この当時の仕組みであり、今現在はちょっと異なる。


 値の動きが通常であれば、そういう状況になったときは、処分すればそれで済むのだが、ストップ高又はストップ安がつくのは買い手又は売り手が集中している状態であり、取引を希望したとしても抽選等になり、希望通りいかない。結局、こういう場合、追証拠金を入れざるをえないということで、結局、言われるままに、追証拠金を入れざるを得ない状況となった。


 これが先物取引の悪夢であった。結局、その後、そのようなことが続き、最初は30万から始めたのに、徐々に投資額を増やさざるを得なくなり、結局、最終的には合計120万を投資したことになった。


 その後、値動きに一喜一憂し、利益が全然出ないし、痛い目にあってばかりだったので、私もいい加減、嫌になり、ある時思い切って営業マンに電話し、「もう取引はやめるから、明日にでも処分しろ」と申し出た。営業マンは「ちょっと待って下さい。もう少したてば状況が変わり、値も動きますから・・・」と言っていたが、私は「そんなことはどうでもいいんだ。私が処分しろと言っているのだから、言うとおりにしろ」と強い口調で言って、処分させた。


 数日後、商品を処分した旨の通知と、差額分の口座への振込があったが、結果、投資額120万、回収額60万であった。その後、商品の状況が変わり、確かに営業マンの言う通り、値は動いたが、そのままにしていたら、さらに大きく損をしていたところだった。


 私の場合、まだ少額だったからよかったものの、世の中には、何千万の損を出すような例もあると聞く。痛い目にあった私はこれ以降、当然、先物取引には一切手を出していないが、これを通じて学んだことは、概ね以下のとおりである。これも、東京に行って失ったものと得たものである。


●先物取引市場は厳しいルールのもと、厳正に運営されており、先物取引そのものは悪でも善でもない。


●商品先物取引は、商品の現物取引をしている人にとっては必要な仕組みである。現物市場では、為替相場の変動などにより、大損したり、逆に大儲けすることがあるが、これでは安定した取引ができない。そこで、先物取引を使い、現物市場での損を、先物市場で取り返すのである。現物取引と先物取引とを組み合わせることで、大損しない代わりに大儲けもしないということとなり、これをリスクヘッジという。


●先物取引など、この種の金融取引は、やるかやらないかは自由だが、やるならば自分の判断で売買を行うべきである。営業マンの言いなりになってはいけない。自分の判断でやれば、損が出たときでも納得できるし、自分の判断でやってこそ、市場を読む目が養われるからである。

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