「ビックリ家族」のお話
今日のお話は僕の目の前で起こったステキな出来事。
スゴイですよ~。
久しぶりに「ビックリな家族」に出会いました。
このビックリ家族は「これでもか、これでもか」と僕のハートを揺さぶりました。
そして僕の「ピュア(?)」なハートは彼らの行動に尊敬の念を覚えるとともに、とても爽やかな感動を覚えました。
こんなスゴイ家族がこの世の中には平然と生活している。
この事実を知るだけでも、あなたは今日得した気分になれるはすです。
ごくごく普通にある場面に彼らは登場し、そして実に当たり前のことをしただけに過ぎない。
でもそれは現代に生きている僕達の心に何か刻まれるものがあるはずです。
僕達が失った大切な道を示してくれる出来事を目の当たりにしたのです♪
それは会社の先輩と東京駅から新幹線に乗ったときのことでした。
発車ギリギリに搭乗したためにすでにシートは満席、僕たちは
仕方なく通路に立つことに決めました。
その日一日仕事をした僕たちはもうクタクタ。
疲れきった表情で自然と僕と先輩の会話も無くなり、ただただ立ち尽くすだけ。
そんな状態だった。
次の駅で運よく僕が立っていたそばの席が一つ空きました。
席を譲る僕を制し、先輩は逆に僕をその席に座らせてくれました。(なんて優しい・・。)
思いっきり甘えて「じゃあ。」だなんてずうずうしくも座る僕。
するとそれを見ていた一人の女性が僕の先輩に声をかけました。
「こちらの席を空けますので、どうぞお座り下さい。」
その女性は一人で座らせていた幼稚園児くらいの娘さんを自分の膝に抱きかかえると、一つ空席をつくり先輩に譲ったのです。
女の子は快適な窓際の椅子から無理やりその母親の膝に座らされて少し嫌がる素振りをみせましたが、大人しく母親の膝に納まりました。
真後ろの席からその様子を見ていた僕はそれはそれは関心してしまいました。
ご自身も疲れているだろうに、先輩のために自分の娘を抱きかかえ空席を作るなんて簡単なようでなかなか出来ないことだと思うのです。
こうして先輩も無事に席を確保し、僕たちは快適な帰路につくことができホッと一安心♪
その後、新幹線は進み、和やかな車内で辺りを見渡していると一つ気がついたことがありました。
僕の前の列、つまり先輩が座った列は、進行方向に向かって右側から先輩、娘さんをダッコしたお母さん、通路を挟み70代くらいの男性、小学校2・3年生の男の子、そして一番左の窓側は60代の男性が座っています。
どうも一番左の60代の男性は先ほどの母親のお父さん(女の子のおじいちゃん)で、その横に座っている小学校2・3年生の男の子は女の子のお兄ちゃんらしい。
つまり真ん中の70代の男性以外は家族だということが分かりました。
(時々彼らは会話をするのですが、真ん中に座っている70代の男性は一人黙って本を読んでいるので、彼らの家族ではないようです。)
その時、僕がふと思ったのは
「旦那さん(子供達のお父さん)はいないんだろうか?」ということ。
でもまあ、金曜の夜ですからお父さんは仕事でいないのかくらいでその件についてはそれ以上考えていませんでした。
次の駅でまた多数の乗客が乗り込んできました。
そして社内はすぐに満員になり、また通路に人がぽつぽつと立ち始めました。
すると今度もまたまたその母親が驚く行動に出たのです。
自分が抱きかかえている娘を自分のお父さんに預け(おじいちゃんが娘さんをダッコし)、今度は息子を自分の膝の上に乗せて空席を一つつくると、立っている乗客にまた席を譲ったのです。
その小学校2・3年生の男の子はいかにもワンパクな少年で、先ほどまで抱えていた女の子よりも更に一回り体が大きい。
キャシャで小柄なお母さんの膝と腕には納まりがつかない様子でしたが、それでも母親は細い両腕を男の子の腰に回し、隣に座っている先輩に迷惑が掛からないようにシッカリと抱きかかえているのでした。
僕はその一連の行動にスッカリ見入っていました。
なんてスゴイ女性がいたのもでしょうか?
僕と同年代の女性です。
同じ時代に生まれ、同じ時代に育った僕とこの母親とはどこからこんな「差」ができちゃったのだろうか?
僕は見ず知らずの他人の為に自分の体力を消耗してまで空席を作ってあげられるだろうか?
これには本当に驚きました。
でも話はこれで終わりじゃないんです。
なにせ今日のタイトルは「ビックリ家族♪」ですから。
更に「これでもか!」という出来事を見せ付けられたのです。
新幹線が熱海に近づくと、真ん中に座っていた70代の男性が帰り支度を始めました。
そしてゆっくりと立ち上がると、その男性は通路を隔てたそのお母さんに向かって深々と頭を下げました。
そして「どうもありがとう御座いました。」とお礼を言って下車。
僕の頭は一瞬「?」でしたが、その意味がすぐに分かりました。
お母さんはその70代の男性を見送ると、すぐに席を立ち、新幹線の出入り口にいる30代後半の男性に声をかけに行きました。
お母さんとその男性が一緒に席に戻り、先ほどまで70代の男性が座っていた席にその男性が腰を降ろすと、おじいちゃんの膝に抱えられた女の子がその男性にこう言ったのです。
「パパ、お帰りなさ~い」
僕はこの時全てを理解しました。
なぜ先ほどの70代の男性がお礼を言ったのか。
なぜこの家族にお父さんがいなかったのか。
実はお父さんはいなかったのではなく、なんと先ほど下車した70代の男性に席を譲って、自分は新幹線の出入り口のところで立っていたのです。
つまりこういうことだった。
おじいちゃん、お父さん、お母さん、息子、娘の5人家族は東京駅から新幹線に乗った。運よく横並びに5つの空席があったので彼らはその席に座った。
すると新幹線が出発するまでに続々と乗客が乗車し、あっという間に満席。
彼らのそばの通路に70代の男性が立った。
そこでお父さんはその男性に席を譲った。
自分の膝に息子か娘を乗せて空席を一つ作ることもできたが、子供達がかわいそうだと思って自分は通路に立つことに決めた。
しばらくしてお母さんは自分の膝に娘を乗せて空席を作ると、僕の先輩に席を譲った。
またしばらくして今度は娘をおじいちゃんに預けて、息子を自分の膝に乗せてもう一つ空席を作った。
そしてその席を他の乗客に譲った。
つまり家族5人が3つの席を他人に譲り、彼ら自身は2つの席しか使っていない。
彼らが先に座って取った座席であるのに・・。
そして幼い息子と娘も父親と母親のそうした行動を見ているから、母親やおじいちゃんの居心地の悪い膝の上に座ることになっても文句一つ言わない。
他人に席を譲るためだから仕方ないこどだと思っている。
この国にはこうした「ビックリ家族♪」が当たり前のように生活している。
あなたの隣にいるのかも知れない。
でもテレビのニュースや新聞では連日誰が誰を「ダマシタ」「コロシタ」などの事件ばかりが取り上げられている。
繰り返し、繰り返し。毎日のように。
そして人々はこう嘆くんだ。
「ああ、住みにくい世の中になったものだ。」
でも僕はあの日確かに「ビックリ家族♪」に出会ったんだ。
他人の為に座席を立つ父親。
他人の為にわが子を抱きかかえる母親。
他人の為におとなしく膝の上に納まる子供達。
もしあなたのそばに「ビックリ家族♪」がいないのならば、私たちがその「ビックリ~♪」になったらどうだろうか?
「住みにくい世の中になったもんだ。」と嘆く前に
住みやすい世の中にしようとトライしてみたらどうだろうか?
チョットの優しさなんだ。
チョットの優しさを表に出すだけで、世の中はキット変わる!
僕はあの「ビックリ家族♪」にそんなことを教えられた気がする
スゴイですよ~。
久しぶりに「ビックリな家族」に出会いました。
このビックリ家族は「これでもか、これでもか」と僕のハートを揺さぶりました。
そして僕の「ピュア(?)」なハートは彼らの行動に尊敬の念を覚えるとともに、とても爽やかな感動を覚えました。
こんなスゴイ家族がこの世の中には平然と生活している。
この事実を知るだけでも、あなたは今日得した気分になれるはすです。
ごくごく普通にある場面に彼らは登場し、そして実に当たり前のことをしただけに過ぎない。
でもそれは現代に生きている僕達の心に何か刻まれるものがあるはずです。
僕達が失った大切な道を示してくれる出来事を目の当たりにしたのです♪
それは会社の先輩と東京駅から新幹線に乗ったときのことでした。
発車ギリギリに搭乗したためにすでにシートは満席、僕たちは
仕方なく通路に立つことに決めました。
その日一日仕事をした僕たちはもうクタクタ。
疲れきった表情で自然と僕と先輩の会話も無くなり、ただただ立ち尽くすだけ。
そんな状態だった。
次の駅で運よく僕が立っていたそばの席が一つ空きました。
席を譲る僕を制し、先輩は逆に僕をその席に座らせてくれました。(なんて優しい・・。)
思いっきり甘えて「じゃあ。」だなんてずうずうしくも座る僕。
するとそれを見ていた一人の女性が僕の先輩に声をかけました。
「こちらの席を空けますので、どうぞお座り下さい。」
その女性は一人で座らせていた幼稚園児くらいの娘さんを自分の膝に抱きかかえると、一つ空席をつくり先輩に譲ったのです。
女の子は快適な窓際の椅子から無理やりその母親の膝に座らされて少し嫌がる素振りをみせましたが、大人しく母親の膝に納まりました。
真後ろの席からその様子を見ていた僕はそれはそれは関心してしまいました。
ご自身も疲れているだろうに、先輩のために自分の娘を抱きかかえ空席を作るなんて簡単なようでなかなか出来ないことだと思うのです。
こうして先輩も無事に席を確保し、僕たちは快適な帰路につくことができホッと一安心♪
その後、新幹線は進み、和やかな車内で辺りを見渡していると一つ気がついたことがありました。
僕の前の列、つまり先輩が座った列は、進行方向に向かって右側から先輩、娘さんをダッコしたお母さん、通路を挟み70代くらいの男性、小学校2・3年生の男の子、そして一番左の窓側は60代の男性が座っています。
どうも一番左の60代の男性は先ほどの母親のお父さん(女の子のおじいちゃん)で、その横に座っている小学校2・3年生の男の子は女の子のお兄ちゃんらしい。
つまり真ん中の70代の男性以外は家族だということが分かりました。
(時々彼らは会話をするのですが、真ん中に座っている70代の男性は一人黙って本を読んでいるので、彼らの家族ではないようです。)
その時、僕がふと思ったのは
「旦那さん(子供達のお父さん)はいないんだろうか?」ということ。
でもまあ、金曜の夜ですからお父さんは仕事でいないのかくらいでその件についてはそれ以上考えていませんでした。
次の駅でまた多数の乗客が乗り込んできました。
そして社内はすぐに満員になり、また通路に人がぽつぽつと立ち始めました。
すると今度もまたまたその母親が驚く行動に出たのです。
自分が抱きかかえている娘を自分のお父さんに預け(おじいちゃんが娘さんをダッコし)、今度は息子を自分の膝の上に乗せて空席を一つつくると、立っている乗客にまた席を譲ったのです。
その小学校2・3年生の男の子はいかにもワンパクな少年で、先ほどまで抱えていた女の子よりも更に一回り体が大きい。
キャシャで小柄なお母さんの膝と腕には納まりがつかない様子でしたが、それでも母親は細い両腕を男の子の腰に回し、隣に座っている先輩に迷惑が掛からないようにシッカリと抱きかかえているのでした。
僕はその一連の行動にスッカリ見入っていました。
なんてスゴイ女性がいたのもでしょうか?
僕と同年代の女性です。
同じ時代に生まれ、同じ時代に育った僕とこの母親とはどこからこんな「差」ができちゃったのだろうか?
僕は見ず知らずの他人の為に自分の体力を消耗してまで空席を作ってあげられるだろうか?
これには本当に驚きました。
でも話はこれで終わりじゃないんです。
なにせ今日のタイトルは「ビックリ家族♪」ですから。
更に「これでもか!」という出来事を見せ付けられたのです。
新幹線が熱海に近づくと、真ん中に座っていた70代の男性が帰り支度を始めました。
そしてゆっくりと立ち上がると、その男性は通路を隔てたそのお母さんに向かって深々と頭を下げました。
そして「どうもありがとう御座いました。」とお礼を言って下車。
僕の頭は一瞬「?」でしたが、その意味がすぐに分かりました。
お母さんはその70代の男性を見送ると、すぐに席を立ち、新幹線の出入り口にいる30代後半の男性に声をかけに行きました。
お母さんとその男性が一緒に席に戻り、先ほどまで70代の男性が座っていた席にその男性が腰を降ろすと、おじいちゃんの膝に抱えられた女の子がその男性にこう言ったのです。
「パパ、お帰りなさ~い」
僕はこの時全てを理解しました。
なぜ先ほどの70代の男性がお礼を言ったのか。
なぜこの家族にお父さんがいなかったのか。
実はお父さんはいなかったのではなく、なんと先ほど下車した70代の男性に席を譲って、自分は新幹線の出入り口のところで立っていたのです。
つまりこういうことだった。
おじいちゃん、お父さん、お母さん、息子、娘の5人家族は東京駅から新幹線に乗った。運よく横並びに5つの空席があったので彼らはその席に座った。
すると新幹線が出発するまでに続々と乗客が乗車し、あっという間に満席。
彼らのそばの通路に70代の男性が立った。
そこでお父さんはその男性に席を譲った。
自分の膝に息子か娘を乗せて空席を一つ作ることもできたが、子供達がかわいそうだと思って自分は通路に立つことに決めた。
しばらくしてお母さんは自分の膝に娘を乗せて空席を作ると、僕の先輩に席を譲った。
またしばらくして今度は娘をおじいちゃんに預けて、息子を自分の膝に乗せてもう一つ空席を作った。
そしてその席を他の乗客に譲った。
つまり家族5人が3つの席を他人に譲り、彼ら自身は2つの席しか使っていない。
彼らが先に座って取った座席であるのに・・。
そして幼い息子と娘も父親と母親のそうした行動を見ているから、母親やおじいちゃんの居心地の悪い膝の上に座ることになっても文句一つ言わない。
他人に席を譲るためだから仕方ないこどだと思っている。
この国にはこうした「ビックリ家族♪」が当たり前のように生活している。
あなたの隣にいるのかも知れない。
でもテレビのニュースや新聞では連日誰が誰を「ダマシタ」「コロシタ」などの事件ばかりが取り上げられている。
繰り返し、繰り返し。毎日のように。
そして人々はこう嘆くんだ。
「ああ、住みにくい世の中になったものだ。」
でも僕はあの日確かに「ビックリ家族♪」に出会ったんだ。
他人の為に座席を立つ父親。
他人の為にわが子を抱きかかえる母親。
他人の為におとなしく膝の上に納まる子供達。
もしあなたのそばに「ビックリ家族♪」がいないのならば、私たちがその「ビックリ~♪」になったらどうだろうか?
「住みにくい世の中になったもんだ。」と嘆く前に
住みやすい世の中にしようとトライしてみたらどうだろうか?
チョットの優しさなんだ。
チョットの優しさを表に出すだけで、世の中はキット変わる!
僕はあの「ビックリ家族♪」にそんなことを教えられた気がする
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