僕は2度…死んだ

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地方の小さな部落で育った。

父には二つの家族があり、母はヒステリーで僕を殴る。

共働きの毎日で、祖母が僕の母親の代わりをした。


お金には不自由をしなかったが、心がすごく渇いていた。


やがて不良と呼ばれトラブル続き。

暴力沙汰にシンナー。何処に向かえばよいのか…帰る場所もなかった。


僕が16歳の時、父は病気で死んだ。

やせ細る手で、少しの金を僕に渡し「遊んでこい」と言い残し目を閉じた。


それが父と交わした”最後の言葉”

毎日が荒れた…生きる意味なんて何も見つからなかった。

あっけなく人が死ぬのだと目の当りにした時、あまり悲しみも湧かなかった。


ドアノブに首を吊って「僕は死んだ」

でも目が覚めて、目を背けたい現実にワレルような頭痛を感じ泣き崩れた。


何も変わらない現実と、加速する不情意。

鑑別所にも入所する事になった。


出所してわずか…僕には何もなかった。

ギターと少しの小銭をポケットに入れ名古屋に上京した。


音楽だけが現実からの解放と安らぎをくれた。

ホームレスだったけど、久屋大通公園のベンチから見上げた夜空には、春の兆しのような希望の温かさを感じていた。


数か月後、仲間ができた。

音楽というワードから葛藤の日々が始まる。


3年の月日は濁流のように激動に青春を押し流し、夫々が流れに身を任せた。


反対を押し切り、内縁とし結婚生活を送る事になった。

子供もできた。


夢は夢で終わらせようと思った。


充実して笑えたはずが、なぜか心に大きな穴が空いていた。

どうしようもない気持ちを暴力にたより、彼女はいつしか疲れていた・・・


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