本質の理解が効率を上げる
初めてのことには不安が付きまとう。自分が苦手意識を持っているものならなおさらのことだ。そのことにチャレンジしなくてはならないと考えると嫌な感じが心と体を支配する。ドキドキし、変な汗をかき、体が思うように動かないあの嫌な感じだ。
桜井武志も例外ではなかった。冷静さを取り戻そうと必死に隠そうとしたが、PCでのデータ入力作業を前に嫌な感じを隠しきれなかった。
桜井にとっては膨大な入力項目の一覧は全て同じものに見えていた。その中で、適切な場所のみにデータを入れていくことは非常に困難な作業であった。
思えば桜井は小さい頃から物を覚えるのが苦手だった。どうも情報がごちゃ混ぜになってしまい、苦手意識を捨てられずにいた。いつまでたっても覚えられず、覚えたとしてもすぐに忘れてしまうのだ。
そんな暗記に桜井は恐怖を覚えている。暗記のこととなると頭が悪いとバカにされ続けた学生時代を思い出し、暗い気持ちと脅迫観念とが自分に付きまとう。
とはいえ、桜井はそれでもそれなりに上手くやってきた。人一倍努力をし、徹底的に情報を頭に詰め込んできた。
その甲斐あって、今の職務は一通りのことをこなすことができる。あの嫌な感じも長年味わっていない。
だが、桜井にピンチが訪れる。
今回の人事で部署が変わることになったのだ。
仕事内容もガラリと変わるため、桜井はまた一から仕事を覚え直すことになってしまった。
そのことを考えると桜井は憂鬱で仕方がなかった。
避けられないかと異動の取下げ願いを出したが、君ならできると。逆に背中を押されてしまった。
私はそんなに有能な持ち主ではないのに…。それに次の上司は社で有能と噂されている敏腕の持ち主だ。きっと覚えが悪いことを知ったら、がっかりするだろう。
桜井の不安を他所にとうとうその日は来てしまった。
そして、桜井はPCの前であの嫌な感じを味わっていた。初めのうちは誰からも何も言われることはなかった。
しかし、少し日が経つと次第に覚えの悪い桜井に文句を言い始める者が現れ始めた。
「桜井さん、またですか。前にも言ったじゃないですか。この人はこの項目はいらないんですって。で、逆にこの人にはこの項目は必ず入力してください。しっかり頼みますよ。」
「はは、すまないねえ。この歳になると物覚えが悪くてね。次からは気をつけるよ。」
若い社員から言われたばかりであったが、桜井はまた失敗してしまった。
「桜井さん、頼みますって!このくらい分かってもらわないと困りますよ。こっちだって忙しいんですから。」
若い社員は物分かりの悪い桜井を見て苛立ち、言葉を吐き捨てその場を立ち去った。
桜井は自己嫌悪に陥った。
だから私は嫌だと言ったのに。
きっと新しい上司もすごくがっかりしたことだろう。
やはり以前の部署へ戻してもらうよう掛けあおう。
考えに考えた末、桜井は上司の元へこのことを報告しに行った。
ところが、上司はちっとも怒っていなかった。それどころか実は私も前までは君と同じだったのだよ。と優しく声をかけてくれたのである。上司はあるアドバイスを桜井に話した。
「ひとつアドバイスをしよう。私も暗記は苦手なのだが、この方法を行うようにしてからというもの一切この問題で悩まされることはなくなったのだよ。
というのも暗記をしなくていいようになったからね。
それは言われたことを暗記するのではなく、その物事の意味を考えるようにしたということだ。意味を理解するまでに通常よりも時間はかかるが、意味を理解さえしてしまえば、暗記する必要はなくなる。
かなり効果は抜群だよ。ぜひ、一度やってみたまえ。」
桜井はしばらく考え、それなら出来るかもしれないと考え直すことにした。
あくる日、桜井は上司の言う通り、意味を理解しようと努めた。それは時間のかかる作業であった。意味を理解するまで何度も質問をしなくてはならないため、ただの暗記より何倍も時間がかかるのだ。しかし、桜井は言われた通り愚直に意味を理解するまで質問し続けた。
すると、今までと違うことが起きた。
意味を理解するようになってからはそのものの役割が見えてきたのだ。おかげで桜井は、記憶を辿らなくてもすぐに答えが見つかるようになった。
この状況になったらこういうことでここに使うと分かれば何も難しくないと言うことに桜井はこの時初めて気がついたのだ。
上司の言った通り、理解するまで時間がかかったが、一度理解出来ればその先はいつもより早かった。
桜井は語る。
「物を理解するということが今になってようやくわかりました。私がやっていたのは理解ではなく、暗記だったんです。だから意味や関連性がわからず、情報がごちゃごちゃになっていたんですね。
今だからわかりますが、ただ覚えるっていうのは理解することよりもずっと難しいです。時間はかかりますが、今では意味がわかるまで立ち止まって理解することに徹していますよ。
暗記してた時よりもずっと楽しいですし。」
仕組みや物事を理解することはとても難しい。そのため、手っ取り早く結論部分だけを暗記したくなるというものだ。
そんな時は物事の役割やそのものが持つ意味を深く考えてみよう。どうしてこの作業が必要で先にやらなくてはならないのか。または後にしなくてはならないのか。
そこには必ず理由がある。その理由を考えながら行動していけば、暗記に頼る必要はほとんどなくなるというものだ。
・筆者作田勇次アカウント
https://www.facebook.com/yuji.sakuta.86
・Twitterアカウント
https://www.twitter.com/funsunevery
(フォローしていただければ、最新記事をタイムラインにお届けいたします。)
著者の作田 勇次さんに人生相談を申込む
著者の作田 勇次さんにメッセージを送る
著者の方だけが読めます