フツーの女子大生だった私の転落の始まりと波乱に満ちた半生の記録 第32話

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「パテオのナンバーワン…」



私は小さく声に出して見た。

落ち込んでなどいられない。


8万円のドレスなど簡単に手に入れることが

できる地位を私はようやく掴んだのだ。

この地位を守らなければ…


考えてみれば

このドレスと同じ金額である8万円を失くしたために路頭に迷い

この世界に足を踏み入れたのだ。


当時のまだ十代だったわたしは

8万円どころか8千円に服さえ手が出せなかった。




ノックの音がした。



「杏さん、そろそろいいですか?

  三名からご指名入ってます」


マネージャーの遠慮がちな声が聞こえてきた。



「分かった」



そう返すとマネージャーがドアから離れる気配がした。


佐野という爬虫類を思わせるような顔の男だ。


マネージャーの中でも佐々木がやめてからは1番の古株で

私の専属となっている。


新人の頃の私を、彼はたまに冷やかしの目で傍観していたものだ。


無口な男なので佐々木のようにチャチャ入れることはしないが

その目はよく「小娘にくせに生意気言いやがって」と語っていた。


今では、その10コ下の小娘に顎で使われているというわけだ。





後半のショーが終わってしばらく過ぎ

不倫で世をにぎわせている芸能人の話で

常連客とヘルプの女の子とで盛り上がっていた時だ。



佐野がいつもの辛気臭い顔で側に来るなり言った。


「杏さん、ご新規の方ご指名です」



新規か…

きっとどこかの誰かから私のこと聞いて会いにきたんだろう。


そんなに珍しいことではなかった。


私は、常連客とグラスを合わせ立ち上がった。




佐野の後について行くと

そこには見覚えのある顔があった。



シンヤと仲の良かったナオトとかいうホストだ。

彼はもう1人いかにもホストらしき連れがいた。


「杏さんです」と佐野に言われ

戸惑いながらも、いつも通りの笑顔で


「ご指名ありがとうございます」


と言って彼らを見下ろした。


「ホラな」


ナオトが皮肉な笑みを浮かべて連れの男に言った。



「この女シンヤが死んだってのに全く動じてないだろ?」


「イヤ、マジで先輩の言った通りっすね」


連れの男も、さも面白そうに桃子を眺めた。


私は、動揺を隠し、男たちの視線をはねつけるように

「お隣失礼します」と腰を下ろしながら言った。


「何のお話ですか?何れにしても

   親しくしてた仲間が亡くなったのに

   そんな風に笑うのは不謹慎じゃないですか?」



その時だった。

目に前でグラスが大きな音を立てて床に打ち付けられた。

グラスは粉々に砕け散った。


半径2メートル以内の誰もが驚いて悲鳴をあげたり飛びのいたが

離れた席のものは、ただ何が起こったんだ?と

ザワザワしながら好奇の目でこちらに視線を送っている。

私は微動だせず、鋭い視線で私を睨んでいるナオトに目を向けた。

連れの男は椅子から立ち上がってオロオロし始める。


「あんたのせいだっ!」

  

ナオトの目は少し潤んで赤く染まっていた。


「なんで突然シカトしたんだよ!?あいつが

  恥ずかしいくらいナイーブな人間だってあんただって知ってただろ!」

  

「ちょ、ちょっと、先輩。いくら何でもやり過ぎっすよ、これ。

   シンヤさん弄んだナンバーワンのオンナの顔

   拝みに行こうって話だけだったはずじゃ…」

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