フツーの女子大生だった私の転落の始まりと波乱に満ちた半生の記録 第32話

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「うっせえんだよ!!だったらとっとと帰れよ!

  この女の顔見てたら…オレ…もう、我慢なんねえんだよっ!」


周りのザワメキが大きくなり佐野を筆頭に黒服たちが

こちらへ足早に駆け寄ってきた。


「どうされましたか?杏さん!?」


連れのホストは一目散にその場から逃げた。



「杏さんお怪我は?!」


佐野が座っている私の前にしゃがみ込んで

くるぶしの辺りから膝などに素早く視線を走らせた。


「そんなこと、後でいいから、さっさとこの男つまみ出してよ。

  同業者による営業妨害以外のなんでもないんだから」



佐野がナオトを見た。


「同業者だと?」


ナオトは、表情一つ変えず相変わらず赤く潤んだ目をしている。

よくよく見るとかなり酒を飲んできているようだ。


「分かるよ、あなたの気持ち。親友をが失って悲しみと怒りで

   どうににもならないんでしょう。その感情の矛先を私に

   向けたくなるのもね。でもね、この世界にナイーブな人間なんて

   勝ち目ないの。私が言いたいのはそれだけ。ほら、佐野」


私の言葉に佐野がハッとして言った。


「お引き取り願います、即刻」


ナオトはフッと嘲る笑って気だるそうに立ち上がった


「お前なんかに分かるかよ…人の気持ちが」


ナオトは両脇をボーイに挟まれるようにしてその場を離れて行った。


息を飲んで見つめていたギャラリーも

何事もなかったかのように、再び

媚びを売るオンナとデレデレした男たちの

普段のパテオの景色に戻った。


黒服たちによって手早く片付けられた

席には、すぐにまた新しい客が座った。


一度、化粧室にたった私は

個室の中でしゃがみ込んだ。

思いがけず膝に力が入らなかった。



本当は、十分打撃的だった。


ナオトの怒りの剣幕も

それから、シンヤの死も…


私は必死で冷静になろうと

自分を立て直そうとしていた。

ダメだ、どんなことがあっても気持ちを乱されてちゃ…



ドアの開く音がしてホステスたちの話す声が聞こえてくる。


…いや、マジ、あのオッさんウザいわ。

…え、でもアンタのこと気に入ってるよアレは。

   いつか杏さんみたいになるんでしょー頑張んな!

…杏さん今じゃ太い客しか相手しないけど、前は

   誰彼構わずだったらしいじゃん?私できるかな…


私はフラつきながらも

立ち上がり水を流すと個室を出た。


私に姿を見た瞬間、2人のホステスは氷にように固まったまま

顔を強張らせ、必死に引きつった微笑みを作ろうとしていて滑稽だった。


「頑張ってね」


と私はそう言い残し化粧室を後にした。



ラウンジの通路で客を見送ったばかりの玲子が

私を振り返った。

私の水色より少し濃厚なブルー色の洒落たロングドレスを着ている。

急に自らの装いが、ひどく幼く感じられ

僅かに萎縮している自分がいた。


「杏、変わったのね。さっきの対応、大したものね」


「いいえ、とても…あなたには及びません」


私はそんな気持ちを誤魔化すように微笑んでそう言い

玲子の前を通り過ぎた。



あと、もう少しだ

私が本当の意味でこのパテオの頂点に立つまで…





3時間後、私はある男の高級車のシートに背をもたれていた。


「ああ、大したオンナだよ玲子は」

息がかかるくらい私に密着して同じくシートにもたれながら

男はタバコをふかしていた。


「恋人のあなたでもそう感じる?」


「ああ、初めてあった時から…な」



男は昔を思い出すように、苦笑いしながら低い声で言った。

サングラスをしていないので目尻のシワがくっきり見えた。


「おい、そこ曲がってくれ」


男が指示を出すと運転手が慌ててハンドルを切った。

彼は、確かパテオのボーイの1人だ。


「ふうん、やっぱり普通じゃなかったんだ、あの人」


私がそう言いかけた時

ニュッと男の手が伸びて

私の肩をガッチリと掴んだ。


「でも、お前も負けてないぜ、杏」


その、ちょび髭の男はヘビースモーカーにもかかわらず

不自然なほど白い歯を見せ笑った。

タバコのヤニ臭さがちょっと気になったが

もう、そんなことどうでもよかった。



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