世界旅後手持ち300ドル、家族も友人・恋人、時間もお金もすべて失い失意のまま帰国したバックパッカーが自分の夢を叶えてきた記録(11)
夢が崩れてゆく。
「よくここまで頑張ったね!次はシェフのフードチェックだ」
最後に左手で放った胡椒入れを巧みに頭にかぶっている帽子の中にストンと受け止めると、ダルウィンが笑顔で言いました。
あっという間に時は経ち、BENIHANAに来てからひと月が経つころのことでした。
毎日のカトリーンとの屋上特訓の成果もあって、ケイシーは両腕にアザをたくさん作りながらもヘラをプロペラのように回せるようになっていましたし、空中に放り投げてキャッチしたり鉄板を使ってチャーハンを作りステーキをゲストの好みに応じて焼くことまでできるようになっていました。
ある日の昼休みにダルウィンのテストがあり、見事にそう言ってもらえたケイシーは嬉しくて嬉しくてダンスしそうな気持ちで飛び上がりました。鉄板焼きテーブルの端に腰かけたメッシがプロの真剣な顔でケイシーの作ったチャーハンを一口食べ、「うん、いけるな」と言いました。
これで、例のシェフチェックテストに合格すれば晴れてケイシーはヨルダンにいられるかどうかが決まるのです。メッシもダルウィンも、ケイシーの肩をたたいて
「大丈夫だ、今までやってきたことを見せるんだよ」と頼もしく頷いてくれました。
彼らはなぜケイシーがここまで急いで練習をしてきたのか理由を聞くこともなく、これまで時間があればケイシーの練習に付き合ったりアドバイスをくれていたのです。そんな家族のような愛情に満たされ、ケイシーはただただ感謝するばかりなのでした。
ところが、シェフジェマールにフードテストを依頼したというのに、それから数日たってもなかなか返事がありません。
ラミエロの時には来た初日からテストがあったというのに、約束当日になって席に水のグラスまで用意していたのに急にキャンセルになったり、その後音沙汰もなく放置されている状態が二、三日と続きました。ケイシーはだんだんと不安になってきて、ダルウィンについ尋ねてしまいました。「ねえダルウィン、ジェマールは私のことチェックするつもりがないのかな・・」
「そんなわけはない。僕たちBENIHANA一丸となってこの一カ月で君を一人前にしたんだよ?大丈夫だ、シェフは必ず連絡してくるよ」
そうダルウィンにそう言われても、ケイシーにはなかなか信じられません。ダルウィンは、あの一件のことを知らないのです。
もんもんとした数日が過ぎて、ある日ケイシーが従業員出入り口から昼休みにセキュリティチェックを受けて寮に戻ろうとしたところ、セキュリティのマネージャーであるモハメッドに声をかけられました。
「よお、シェフ!なんか人事の奴が君のこと探していたぜ!あとでコーポレートオフィスに来いってね」
「え・・・・!わかりました、有難う」
なんとなくですが、嫌な予感がしたケイシーは寮に向かわずにそのままコーポレートオフィスに行くことにしたのです。そこで待ち構えていることが、何であるのかも知らずに。
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