フツーの女子大生だった私の転落に始まりと波乱に満ちた半生の記録 第33話

2 / 2 ページ

次話: フツーの女子大生だった私の転落の始まりと波乱に満ちた半生の記録 第34話

「けど…ミユさんもそれなりに指名があると思いますし」


ったく…融通の利かない男…

私は心の中で舌打ちした。


佐野は少しの間をおいてから元気のない声で言った。


「少々お待ちください。玲子さんに相談してきます…」


が、言い終わらないうちに

佐野のすぐ近くにいるのか、受話器越しに微かに玲子の声がした

「で?なんだって?杏は」

驚くほどど刺々しい声だった。


佐野は困惑のあまり保留にするのを忘れているらしい。


「それが、熱があるのでどうしても今日は休みたいそうで…」


「は!?何言ってるの!今日は金曜でも普通の金曜とは

話が違うの!!佐野ちゃんもそこんところ分かってんの!?

あの子がいないだけで売る上げが、どんだけ落ちると思ってんのよ?

マネージャーなら這ってでも来させなさいよ!

…?ちょっと…!何、デクノボウみたいに突っ立ってんのよ!

点滴!駅前の病院、予約して!ほら、早く!」


私の耳には佐野と玲子の会話が丸聞こえだった。


この瞬間、私の中で言葉にできないけど

ある結論が出た気がした。


この世界に足を踏み入れることになった日

ミホが店を追い出された日

佐々木とのこと


これまで、玲子に対しての失望と怒りは確かにあった。


でも、どこかで信じていたかったのかもしれない。

かつて憧れていた思慮深い素敵な大人の女性だと…


でもこの電話で全ての答えが出たような気がした。


ついに来たのだ

切り札を使うべき時が


受話器の向こうで佐野が保留ボタンを数回押しながら

あれ、変だな…などと言っている。

きっと怪訝そうに受話器を眺めていることだろう。

自分が保留ボタンを押さなかったことなど知らずドジなヤツ…


「もしもし、佐野?聞こえてる?」


私は、さも今、保留が解かれたかのようなフリをした。


「ああ、杏さん、お待たせしちゃってすみませんでした。

  あ、あの…言いにくいんですが、今日だけはなんとか…」



「行く」



私は佐野の懇願するような声を遮って言った。



「え…??…だ、大丈夫なんですか!?じゃ、じゃあ病院…」



「行かない、まさか点滴打って来いとか言ってるわけ?

   いいよ。でも同伴だけは断る。オープンまでまだ2時間あるでしょ。

  今から寝るから、くれぐれも邪魔しないでね」


私は佐野の言葉を待たずに電話を切った。



その日の私は、ただ執念のようなものだけで動かされていた。

フラフラになりながら、出勤しショーにまで出た。

接客中はどうにか無理に作った笑顔で乗り切った。

誰も私が、ウィルスに侵され高熱で立っているのもやっとだなんて

気がつかなかった。

玲子も佐野も最初は私に気をつかっていたが

私の症状がそれほど、重くないと知ると

当然のように次々と来る客に私をあてがった。


その夜の2度目のショーを  終えた直後だった。

ステージを降りた直後、身体中が燃えるように熱くなり

頭がボーッとして地に足がついていない感覚に襲われた。


控え室へと向かう途中、バランスを崩した私は

誰かに腕をとらえた。

私の重みがそこに一点集中する。

完全に力が入らなくなっていた全身で

何とか顔だけ、僅かに傾けることができた。


瞬間私の目の前に、見覚えのある男のサングラスが飛び込んできた。

閉ざされそうになる瞼を開くと

男は不自然なほどに、綺麗に揃った真っ白い歯を見せて笑った。



「おいおい、誰かと思ったらさっきステージの真ん中でずっと

踊ってた杏ちゃんときた、危ないよ、そんな千鳥足でさ」



私に顔を近づけてもう一度ニヤッと笑うと

かがんでいた男は立ち上がり、しゃがれているが、力強い声で怒鳴った。


「おい!誰だよ!この子の担当!」


その声にウェイター達ばかりか付近の客が振り返る。


佐野が慌てて駆け寄って来る。


「はい!オーナー、杏さんがどうかしましたか」


玲子も気がついたらしく、眉をひそめながらこちらへ近づいて来る。


「お前か!このバカが!この子のすごい熱あんじゃねーか!

  ナンバーワンだぞ!このパテオの!

  担当のお前が気がつかねーでどうすんだよ!」


「はっ。す、すみません」


佐野が恐縮したようにこうべを垂れる。


「玲子!お前もついていながら、な〜にやってんだ!

  杏がこじらせて長期これなくなったら元も子もねーじゃねえか!」


川崎は玲子にも容赦なく怒鳴りつける。


私は、すでに意識が遠のいていた。


ただ、薄れる意識の中で

ただ1つ思っていた。

これだ

私の切り札…



私はその数日後に

オーナーの誘いに応じた。


オーナーの川崎から声がかかることはそれまでも

何度かあったが、佐々木や玲子が一緒だったり

2人きりということはなかった。


元々はヤクザの手下だったのが

ここまでに成り上がった男だ。

恐ろしく勘がいい。

何かを嗅ぎ取ったのかもしれない。


私は宙を仰いだ。

そこにはシャンデリアのクリスタルが七色に輝いていた。


「さ、飲もう。よく冷えてるよ」


キッチンにドアが開き、川崎の沖縄出身特有の濃い顔が現れた。

その手には予想通りシャンパングラスが2つあった。

何も動揺なんかしなくてもいい。

この部屋に来るのももう3度目だ。


私は川崎と暗黙の取引をしたのだ。


著者のYoshida Maikoさんに人生相談を申込む

続きのストーリーはこちら!

フツーの女子大生だった私の転落の始まりと波乱に満ちた半生の記録 第34話

著者のYoshida Maikoさんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。