心の在り方が人生を左右する

釜田哲哉は妻に連れられてある会場で自己啓発の講演を聞いていた。周りの人は皆関心して話に聞き入っている。釜田は周りの人と帯びている熱が違うことに気がついていた。


もっぱら頭の中ではビジネスのことばかり考えていたのだ。次のプランをどんなものにしようか。どんなビジネスで稼いでいこうかと構想を膨らませていた。


講演が終わると妻は釜田に話しかけてきた。

「今日は来てよかった。心に何を思い浮かべるのかが大切なのね。すごくいい話だったわ。ねぇ、あなたもそう思ったでしょう?」


 「…ああ、そうだな。ん?なんのことがだ?」釜田は適当に返す。

「…どうせ話なんて聞いていなかったんでしょう。呆れた。もういいわ。」

妻は怒ってその後の帰り道一言も口を開かなかった。


(しまった。まぁいい。それよりももっと稼げる方法を考えなくては)

釜田は若い時から会社を立ち上げ、一代でビジネスを成功へと導いてきた敏腕の持ち主だ。社は上場を果たし、これ以上ないと思われるほど資産を築き上げている。


金を稼ぐことが釜田にとって生きがいであった。

「金はいくらあっても足りないからな。まだまだもっと稼がないと。」



釜田が新たなノウハウを獲得しようと勉強会に参加した時、とても魅力的な経営者が参加していることを知った。


彼もまた一代でビジネスを築き上げた敏腕の持ち主であった。釜田はその経営者のことを知ろうと近くの席についた。


そこにいた連中は金儲けの話で賑わっている。そんな中、彼は連中にビジネスには心の在り方が大切なんだと力説していた。


釜田は黙って耳を傾けていた。

連中は彼をバカにして笑った。


「ふんっ、所詮綺麗事だ。ビジネスも人生も金だよ。金がなければなにもできない。金があればなんでもできる。一代で成功したと聞いたが、ありゃダメだな。」


彼にも聞こえていただろうが彼は取合わず、無言のままその場から立ち去っていった。彼が会場を後にしようとした時、後から追いかけて来た釜田が声をかけた。


「ちょっと待ってくれ。さっき言ってたことは本当かい?本当は君も金儲けがしたいんだろう?」


釜田は真剣な眼差しで聞いた。


「君も連中と同類か。君と話すことはない。僕は金儲け主義のやつは嫌いなんだ。ビジネスでも人生でも大切なことは心の在り方だよ。金儲けのためにビジネスをやっているわけではない。僕は世の中を良くするためにやっているんだ。その方が心が豊かになるしね。」


「でも、今日の勉強会に参加したのは稼げるノウハウを身につけるためだろう?」


「話にならないな。稼げるかどうかじゃない。役に立ちそうだと思ったから来たのだよ。もう少し内容を聞きたかったが、連中にはがっかりとしたよ。では。」


「待ってくれ!」振り返りその場を去ろうとする彼に向かって釜田はそう声をかけたが、彼は軽く手を挙げて「では。」という仕草を取るだけで、二度と振り返ることはなかった。



それから数日間、釜田は考えを巡らせていたが、忙しさからいつもの調子に戻っていた。寝ても覚めても頭の中はまた金を稼ぐことでいっぱいだった。釜田はいつまでも消えぬ不安に取り憑かれていた。


釜田の不安とは裏腹にビジネスはいつにも増して順調に進んでいた。釜田の帰宅時間も比例して遅くなっていった。夜遅くに帰宅し、家族の誰とも顔を合わせない日が何日も続いた。その状態が何ヶ月も続いたある時、帰宅すると妻が起きて待っていた。


「確認したいのだけど、明日は何の日か覚えているわよね?もう何ヶ月も前から言っているからスケジュールは当然空いていると思うけど。」


「しまった!明日はとても重要な会議が入ってしまっているんだ。来週埋め合わせするから、ずらしてもらえないか?」


「ええ、それならもう結構だわ。あなたにはがっかりした。あれほど、この日だけはお願いね。と約束していたのに。そんなにお金儲けがしたいのなら、思う存分一人でやってちょうだい。あなたには付き合いきれないわ。離婚しましょう。」


「お、おい。何を言い出すんだ急に。今回ちょっとスケジュールが合わなかっただけだろう?離婚だなんて大げさな。」


「今回だけなんかじゃないわ。あなたはいつもそうじゃない!私が何を言っても上の空かしっかり話を聞かないかのどちらか。あなたは私といる時も家族でいる時も頭の中はお金儲けのことで私たちのことはこれっぽっちも想っていないのよ!あなたは一人でお金儲けのことをやっていればいいわ。」


「何を言っているんだ!今まで私がどれだけ家族のために費やしてきたと思っているんだ!私が常にそのことを考えてきたから上手くいってきたのだろうが!」


「私だって嫌なのよ。でも、今のあなたといてもちっとも幸せではないの。私はお金なんて求めていないのよ。」


「…まぁ、わかった。そのことについては考え直すから、君ももう一度考え直してくれないだろうか。」


「次のチャンスはもうないから。」


そう言うと妻は静かに寝室の戸を閉めた。



翌日、釜田は一日中物思いにふけり、そわそわしては深刻な表情を浮かべていた。重要な会議中も、まるで集中することが出来なかった。


ちょうど二週間が経ったところで釜田は副社長を呼び出した。釜田は君とは長い付き合いだと告げてから心のうちを語った。そして、後のことは頼んだと社を去る手続きを行った。その表情から副社長はただならぬ覚悟を感じ取った。


帰宅すると釜田は妻と向き合い話し合った。


「長年、私は自分がやっていることは全て正しいと思っていた。私の周りにいる経営者連中は皆、同様に金を儲けることが大切だと競いあっていたよ。勿論、私もね。社を発展させるためには多少のことは犠牲にしてでもと思っていたのだが、どうやら私は長い間道を踏み外していたようだ。


君も言っていたね。心に何を思い浮かべるかが大事だと。その時はわかってあげることが出来なかった。綺麗事を言っているようにしか聞こえなかったのだよ。私の人生でそれで上手くいったことがなかったからね。


ただ、金を稼ぐことに執着していると、なんというか心が虚しかったのも事実だ。いくら金を稼ごうとも心が満たされることはないのだよ。その虚しさを埋めるために金を稼いできたが、それは間違っていた。私にも何と無くわかっていたんだ。


しかし、それを認めることが出来なかった。周りの連中に何を言われるかと想像したら、勇気を持てなくてね。そんなちっぽけなもののために大切なものを無くしかけてしまった。


先日君に言われてようやくその意味がわかってきたよ。私はもう少しで人生を台無しにするところだった。人生やビジネスに必要なのは金を稼ぐことではなかったんだね。


今までのことを捨てるのはすごく大変な決断だった。だが、実際に捨ててお金への執着を忘れると心に穏やかさを感じることができた。人の幸せを考えると豊かさも感じてきた。


私の人生の目標は金儲けをすることではなかった。


一人、その勇気を持ち合わせている人と知り合えたんだ。その人と会って心の在り方をじっくりと教わるよ。また一から出直しだ。」


「あなた変わったわね。以前までのあなたはいつも眉間にしわを寄せ、家にいてもどこか上の空で話しかけるのも嫌だった。でも今は違う。表情が全く別人のようだわ。」



良い学びを得ても心がマイナスの方向へ向かっていれば、人生はマイナスの方向に進む。お金のことばかり考えていると大切なことを見失ってしまうのだ。


人生の終わりを迎えて後悔しないためには心の在り方、心に何を思い浮かべるのかを考えなくてはならない。



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