ちくわに母を殺されたハタチの大学生の話

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大好物

僕(寒川友貴)の好きな食べ物はおでん、特に味がしっかり浸み込んだ、ちくわが大好きだった。


あの日が来るまでは…。


突然すぎる別れ

2016年12月27日夜、僕はJR東京駅の新幹線ホームにいた。



大学が冬休みに入り、実家のある神戸に帰省するためだ。


のぞみに乗る前、駅で晩メシとお土産の東京ばな奈を買い、予定よりも1日早く今から帰ることを伝えようと母に電話した。


なぜか母のケータイにも家電にも誰も出なかったので、父に「今から帰る」とLINEした。



晩ご飯を食べている間に新横浜駅を過ぎ、隣のおばちゃん二人組がうるさいなと思いながらも、僕はもうすぐ家族に会えるということと、29日から家族旅行に行けることに胸を踊らし、心の底からウキウキしていた。


Twitterで「今から神戸に帰ります!」と有頂天で呟こうとしていたその時、スマホが震えた。珍しく父からの着信だった。


もしもし、どうしたの〜?
お母さんが亡くなった。今どこにいる?
え!?新幹線の中やけど…。
じゃあ、神戸の○○病院に来てくれ。
わかった…。本当なの…?
ああ、本当だ。気をつけてな。切るぞ。

信じられなかった。信じたくなかった。


電話を切った瞬間、世界が灰色に感じた。天から地に突き落とされた僕はパニックに陥り、脳裏には母の笑顔と数々の思い出がよぎった。


のぞみが終点のJR新大阪駅に着くまで、僕は人目を気にせずに泣き続けた。


あの2時間は20年の人生の中で一番長く感じた。



病院に着くと、時間はもう既に日付をまたぐ直前だった。


入口の自動ドアの向こうには、病院のロビーや救急センターといった見慣れた景色が広がっていた。

なぜなら、ここは僕が心臓病を患っていた高校生の頃、治療のために母と一緒に通いつめていた病院だったから。


救急センターの奥に通され、父と合流した。

そして、待合室のドアの先には、白装束を着た母が安らかに眠っていた。


お母さん、友貴やで。帰ってきたよ。
なんでそんな格好して寝てるの…?
返事してよ。いつまで寝てるの?お母さん!
ねえ起きてよ、起きてよお母さん!!!
なんで死んじゃったの…。
明日家に帰るって言ったやん、明後日から家族旅行やん、年明けたら俺の成人式やん。
やのに、やのに、なんで…。
お母さん…お母さん…お母さーーーん!!!


母の遺体を前に、僕は膝から崩れ落ちて、泣き叫んだ。


「お母さん!」と何度呼んだかわからない。

10分以上、一人で母に語りかけ続けたが、母は反応しない。

目を覚まして、「友貴どうしたの?」といつもの笑顔で微笑んくれそうなのに。


母の額に手を当てた時、僕は全てを悟った。いつもは、低体温症やけどポカポカ暖かい母の体が凍ったように冷たくなっていた。



自宅への帰り道、僕は父からその全てを聞いた。


父が仕事から帰ると、母が冷蔵庫の前でうつ伏せで倒れていたこと。

起こしても起きなくて、確認すると息をしておらず、既に死後硬直が始まっていたこと。

父が119番して救急車を呼び、必死に心臓マッサージをしたこと。

病院で医者から死を宣告されたこと。



死因は喉に8cmのちくわを詰まらせた窒息死だということ。




午前2時前、父と2人で実家に帰宅した。ドアを開けても「おかえり」と言ってくれる母はもういない。

階段を上がって、2階に行くと例の冷蔵庫があった。びっくりするくらいいつも通りだった。


そして、目線の直線上にはIHの上に鍋があり、中におでんが入っていた。


母は数年前から入れ歯で、噛む力が弱かった。

だから、食事中食べ物を強引に飲み込もうとして、ゲホゲホしている姿をたまに見ていた。

でも、だからって…。僕は納得できなかった。



ちくわに母を殺されたという事実に納得ができなかった。


食卓には、お茶碗や箸はまだなかったから、恐らく父の帰りを心待ちにして、晩ご飯の準備をしていたのだろう。おでんが完成して、味見をした時に悲劇は起こったんだと思う。

想像するだけで、胸が苦しくなって、頭が狂いそうだった。


そして、僕は悟った。新幹線乗車前、19:42に僕がかけた電話に母が出なかったということは、その時には既に手遅れだったということを。


過去の自分を殺したくなった。心の底から後悔した。



「僕がもっと早く実家に帰ってたら、母を助けられた」


と何度も何度も思った。


タイムマシンに飛び乗りたい、セーブデータのあるところまでリセットしてやり直したい、でも目の前に広がる母のいない世界は、アニメでもゲームでもない、紛れもない現実だった。



母が残したもの


父と2人で母が残してくれた夕食を食べた。

メニューは焼き鮭、エンドウの炒め物、そしておでん…。


家の食卓で、父と2人だけでご飯を食べるのは生まれて初めての経験だった。

だから、気まずくて何を話せばいいのかわからなかった。


おでんのちくわに箸を伸ばした父はこうつぶやいた。



父「こいつがお母さんを…」


無表情だったけど、やりきれない思いがにじみ出ていた。

それは僕も同じだった。目の前のちくわを見るだけで、胸くそが悪かった。

こんな憎い殺人ちくわを食べたくはなかった。


でも、大好きな母が作ってくれた最後の手料理を残すわけにはいかなかった…。



3階の寝室からは色んなものが見つかった。


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