ちくわに母を殺されたハタチの大学生の話

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それからというもの、僕は毎晩、学生マンションの一室で朝まで1人で泣き続けた。

涙が目に溜まって、雫がドバドバと枕に落ちていく。それをエンドレスで延々と繰り返す。

多分、この短期間で、これまでの人生をはるかに上回る涙を流したような気がする。

よくちまたの本や歌に出てくる、大粒の涙って言葉の意味がなんとなくわかった。


泣きながら、いろんなことを考えた。


僕は、無神教だし、神なんて信じていない。無知だから、〜教の神の解釈なんて知ったこっちゃない。でも、もし神がいるとしたら、僕はそいつ大嫌いだ。

なんの罪もない、母の人生に終止符を勝手にうった。そして、僕たち家族から幸せな日常を奪い取った。


あの楽しい日々が永遠に続くと思ってた。

でも、それは突然残酷な終わりを迎えた。

僕の頭の中の、家族での楽しい思い出が一瞬で悲しい思い出へと置き換えられた。

いっそ記憶がなくなって、全てを忘れられたら、どれだけ楽かと思った。

でも、それは無理だ。


僕が大好きなアーティスト、Back Numberの「ヒロイン」の好きな一節


「思えばどんな映画を観たってどんな小説や音楽だってそのヒロインに重ねてしまうのは君だよ」


まさにその通りだ。僕にとっての「君」は母だ。

街を歩く親子も、テレビの家族特集も、物語に登場する主人公の母親も全て、僕の母と重ね合わせてしまう。

スーパーで母が好きだったお菓子を見ても、よく家族で訪れた京都をテレビで芸能人が街ブラしているのを見ても、母が好きだったクラッシックを本屋で聞いても、大学の生協で母がよく見ていた旅行会社のパンフレットを受け取っても、LINEで友達が母親と喧嘩したエピソードを聞いても、

母がフラッシュバックしてくる。

コンビニおでんに入っているちくわを直視することなど到底できない。

いつどこで何をしていても、不意にじわっと涙が浮かんでくる。


お酒や睡眠、遊びでどれだけ逃げても、この悲しみから逃げ切れることは無理そうだ。



事実、今この文章を書いている大学にも、母は僕と一緒に5回来た。

僕が高校2年生の時は学校見学で、高校3年生の時は教育学部と社会科学部の入試で、大学1年生の時は、入学式とGWに僕の様子を見に来た。下宿先の学生マンションにも3回来た。


大学にいても、家にいても、どこにいても僕は母の虚像を追いかけ続ける。



永遠など、この世にはないと世間では言われている。

でも、ただ一つ言えるとするならば、


母は「永遠」に戻らないという事実に、僕はこの先死ぬまで「永遠」に苦しみ続けるだろう。


神に問いただしたい。

この死が運命だとしたら、1957年11月11日に生まれた母は59年間、2016年12月27日にちくわに殺されるために生きてきたのか。そんな馬鹿な。人1人を助けられないような、役立たずな神はいらない。


いるなら、今すぐ!たった今すぐ!!!、母を僕の元へ返して欲しい。


命綱


メンタルがボロボロになった僕の最後の命綱、それは唯一の家族である父だった。


ある日の深夜、すがる思いで電話をすると、父は一瞬で僕の状況を察して、ただただ僕の話を聞いてくれた。それだけで、心は軽くなった。


週末、父から「今週、帰ってきたら?」とLINEが来た。心身ともに極限まで追い込まれていた僕は迷わず帰った。


母の遺品である鍵で家のドアを開けると、台所には鍋の準備をしている父の姿があった。

一緒に鍋をつついて、ビールを飲んで、テレビを見て、片付けをする…たったそれだけのことだったけど、僕にはとても幸せな時間だった。

何気ないことに幸せを感じられた瞬間だった。

平井大の「Slow&Easy」のサビに


「幸せは作るのもじゃなくて気づくこと なんだって きっと」


って歌詞があるけど、幸せってそういうもんなんだろうな、きっと。



夜行バスで実家から東京に戻る日曜日の夜、僕は父に人生相談をした。

思ってることとか考えていることをあーだこーだとしゃべり続けた。


母が亡くなって目の前が真っ暗になったこと。

僕の人生は、お先真っ暗だと思ったこと。

でも、無情にも時間は待ってくれない現実を知ったこと。

こんなことを考えて、嘆いて、落ち込んでいる間にも刻々と時間は過ぎているにビビっていること。

気がつけば、口癖が「これからどうしよー」になっていたこと。


すると父は、口を開いてこう言った。



「家のことは気にしなくていいから、好きなことをやりなさい」




僕が東京へ帰る準備を終えて、家を出ようとしていると部屋から出て来た父があるプリントを差し出した。それは、中学校で教務主任を務める父が、受験を控える中3の学年通信に寄稿した原稿だった。



「みんな、一番いい道を選んでいます。」

 いよいよ2月が始まります。3年生にとって2月、3月は人生の大きな分かれ道です。義務教育を終え、次のステップへ踏み出そうという時期です。

 これまでの時間、中学校卒業後について色々悩み考えたことでしょう。どの進路を、高校を選ぶのか。別の進路の方が良かったのではないか。合格できるのか。自分にとって本当に一番ふさわしい進路なのか。将来の人生設計は大丈夫なのか。合格したとしても、その進路でしっかりやっていけるのか。迷いや心配は尽きませんが、どれかを選択しなければいけないし、選択したものを変更したとしてもまた悩みは生まれます。

 お正月、テレビのCMで「大人エレベーター」に乗った妻夫木聡さんが所ジョージさんと人生について語っていました。「人生、二度あればいいと思いますか。」の問いに「おんなじことやるからね、2回目も。よく、振り返ってあそこが枝の分かれるところで、あっち行ってればこうなってたはずだ。いやいやいや。一番いい道選んでるって、全員。」の答。

 そうなのです。自分で選んだその道がベストなのです。他の人と比べる必要はないし、もしその道で失敗したら、また、次の道を選んでいけばいいことです。大切なことは、選んだ道を全力で進んでいくことだと思います。たとえ結果が悪くても、全力を出したことで後悔はしないし、次の目標に向けたまた一歩を踏み出す力がわいてきます。

 3年生にとって大切なこの時期、健康に気をつけて自分を信じ、不安だけれど耐えて心穏やかに過ごしましょう。そして、「今はこれをやろう」と決めたことに集中して、自分のベストの進路に向けて一歩一歩進んでいきましょう。

 みんな、一番いい道を選んでいて、道は必ず開けます、必ず。



父の言葉は情緒不安定だった僕の心に安定をもたらした。


僕の性格は、怠け者で面倒くさがりや。なんでも後回しにしたがる。

でも、人間いつ死ぬかわからない。後回しにした結果、大好きな母に親孝行ができなかったことは悔やんでも悔やみきれない。こんな思いを二度としたくないし、誰にもさせたくない。

だから、大好きな父への親孝行は面倒くさがらず、優先的にやりたい。

ふたりぼっちになっちゃたけど、家族の時間は大切にしたい。

数学教師の父が「孫に数学を教えてあげるまでは死ねない」って言ってるから、叶えてあげたいな。



今でも生きている意味がわからなくなる瞬間が時々がある。

でも、僕は死ぬまでにまだまだやり残したことがたくさんある。も

っと勉強したいし、世界のいろんな景色を見たいし、刺激的な経験をしたい…

そして何より、父と天国の母に自分で稼いだお金でプレゼントをしたい、結婚をして孫を見せてあげたい、人の役に立って褒めてもらいたい。


これが僕にできる何よりの親孝行だと思うから。



母の死を乗り越えることは一生できないかもしれないけど、悲しみと寄り添って共に生きることはできるかもしれない。


母の死からずっと下を向いていた僕にとって、いきなり上を向いて歩くのは首がしんどいかもしれない、過去が気になって時々後ろを振り返ることもあるかもしれない。

でも、迷わないように前を向いて歩いて行こう。


そこには、まだ見ぬ一番いい道が広がっているのだから。



きっと人生とは、一番いい道を「選ぶ」のではなく、「作る」こと。



あとがき


長いお話にお付き合いくださり、ありがとうございました。


母の死から1カ月が経とうとしたある日、これまで逃げてきた母の死と正面で向き合おうと思い、追悼の意味合いも込めて文章を書くことを決めました。

大学生ということもあり、思い立ったのがテスト期間真っ只中だったので、迷いましたが「今書かないと絶対後悔する!」と思い、テスト勉強の合間を縫って書きました。


内容としては、何が起きたかだけではなく、僕がその時どんな心境だったかを拙い文章力ながら、表現できるように努力しました。

正直、思い出すだけでもとてもツラく、大学の図書館や家の机で書いていると母との思い出が蘇ってきて、泣いてしまうことが何回もありました。


でも、書きながら心の整理ができ、今ではスッキリした気持ちが強いです。



誰も経験したくない、親の死。でも、その時はいつか必ず訪れます。死んでから悔やんでも遅いです。だからこそ、自分に今何ができるか考えて、できることから行動に移すことが最高の親孝行です。



「幸せは作るものじゃなくて気づくこと」



寒川友貴

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