夢のまた夢

将来の夢なんてもの、明確に持っている人間なんかそんなにいない!


 それは多分、冷たい体育館の床に、三年生だからという理由だけで集められ、体育座りで「夢を叶えた」先輩のお話をきく授業の合間に考えたことだ。


 私には当然ながら将来の夢がなかった。大学の学部すら「あんまり数字は嫌だから文系の、経済じゃ無い何かがいいかなあ」くらいのことを考えていた。何もかも消去法。

 そんな私は体育館の床て尻が冷えているのに、夢を叶えたらしい先輩とやらはダウンジャケットを着て、何やら喋っている。

 すごく腹が立った。

 寒かったのと、体育館の床が硬かったのが主な理由だけれど、一応、それだけではないと弁解させてほしい。


 私は将来の夢なんて糞食らえと思うタイプだ。なりたいものになれるわけがない。じっさい、私はなりたいものになれずに大人をやっている。

 将来の夢に向けてライフプランニングを生真面目にやっていた友達は、精神科に通っている。

 夢なんか、邪魔になるだけだと思う。


 どうしてあんなに教育の場で、夢に向かって輝くことを強いるのだろう。

 やりたいことをやれ、と言うのだろう。

 なりたいものになれなかったときの、感情の行き場を教えたほうがよっぽどか有益じゃないか。

 体育館の床に火をつけたい衝動を堪えながら、私は三年生なりの、自分があそこに立つ未来を考えた。

「今日は、皆さん。私はこれから普通の子に向けて話をします。声優になるために音大に行くお金持ちさんとか、サッカーで留学するスーパーマンの人たちは、そんなに聞かなくてもいいのでスマホでもいじってて下さい。それから、夢を持って大学進学に向けてやる気があって頑張ってる方は、ぜひ単語帳でもめくっていて下さい。イヤホンをしても構いません。では、すこしだけ話をします」

 そうやって、話をはじめよう。

「私は第三志望の大学の、なんだかよくわからないカタカナ名前の学部を出ました。中小ですが一応、冷暖房があって椅子に座ってできる仕事をしています。勉強も仕事も嫌いです。家に帰って湯船に飛び込んで、好きなアニメキャラの妄想をするのが楽しみです。でも、それなりに楽しくやっています。安心してください、適当に生きても、それなりに楽しい大人をやることは可能です」


 私なら、そんなスピーチをする。寒い体育館で、生徒は制服を強いられていたら、私はスーツで、ダウンなんか着ない。

 大人はわかってない。


そうやって尻を冷やしていたのはもう何年も昔で、今、当時思っていたような大人になれたかと言えば、そうではない。ろくでなしだが、一応三食食べて、夜は眠り、朝は起きている。その程度だ。

あんなに高い望みを設けて、学校という機関は何を教えたかったのだろう。私は何にもなりたくなくて、強いて言えばいつまでだって気楽な女子高生でいたかった。大人になることは、諦めることだ。


 たまに、母校が私を呼んでくれないかな、と思う。

 ろくでもない先輩として、生徒と一緒に尻を冷やして、あのとき考えたスピーチを少し加筆修正して語ってやるのに。

 そしたら生徒は「なんだ、話のわかる大人もいるじゃない。わかったわかった。まあ嫌だけど行くわよ、大学。適当に選んで」とか思ってくれるだろう。

 閉鎖病棟にぶち込まれるよりは、まだマシだと思う。

高い望みより、「まだマシ」な選択肢をこそ教えてあげるべきなんじゃないかなあ。

 と、ろくでもない大人としては思う。




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