【第3話】認められた記憶などほとんどない僕がSTORYS殿堂入りの知らせを受けた日・・・ふと思い出した、忘れられぬ友人と交わしたある「約束」

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前編: 【第2話】認められた記憶などほとんどない僕がSTORYS殿堂入りの知らせを受けた日・・・ふと思い出した、忘れられぬ友人と交わしたある「約束」
後編: 【第4話】認められた記憶などほとんどない僕がSTORYS殿堂入りの知らせを受けた日・・・ふと思い出した、忘れられぬ友人と交わしたある「約束」

中学に入るころから酒に溺れ、すっかり立派なアルコール中毒者となった父と暮らす不毛な青春時代から逃げるためだけに東京にやってきた僕にとって、富岡ちゃんは全く知らない町で生まれ育った、初めての友達だった。

通っていた予備校も違ったし、下宿では話をすることもはばかられる環境、たまにこうして2人で出歩く息抜きの時間だけ、僕が彼の素性や考え方を知る唯一の機会になっていた。

たまに話をする機会と言えば、風呂なしの下宿に住んでいた僕たちにとって、銭湯はもう一つの憩いの場所だった。

1回の利用料金が310円、毎日入ろうと思ったら約1万円の出費となる銭湯もやはり高級品と言わざるを得なかったから、いよいよ風呂に入れるというその日が来ると、無性に朝からドキドキするのだった。

毎日風呂に入りたいという感情は至極当然なのだが、財布と相談しながら週に2,3回入るのがせいぜいで、いよいよその日が来たとなると、予備校に通っていながらにして頭の中は夕方からの銭湯の事で一杯になっている。

それほど、ただ単に「風呂に入る」という事が特別なイベントになるほどの生活レベルであり、僕達にとっては何の変哲もない薄汚れたコインランドリーも時代遅れの銭湯も、かけがえのない「娯楽」と呼ぶにふさわしいものだった。

満足感の得られぬ晩ごはんを食べ、今日1日にあったことを面白おかしく語り合う時間もなく、楽しみにしている連続ドラマが見られるわけでもない僕たちの暮らしの中で、とりわけ銭湯は「娯楽」を通り越した「癒し」にすらなっていた。

近所に数軒点在する銭湯の中で、やはりよく通っていたのは下宿から一番近いロケーションのところで、生き残りをかけた近代的な設備の、イマドキのところとは一線を画すような昭和レトロの銭湯で、15時オープンの一番風呂に入ることに生きがいを感じていた。

分かりやすい暖簾に木造の重たい引き戸、年季の入った下駄箱は薄汚れた茶色の表面に白地で数字が割り振られている。自分の誕生日である27番につっかけを入れたら、木製の平べったい鍵を抜き取りもう一枚の引き戸を開け中に入る。

「ガラガラ」と音の出る軽い引き戸を開ければすぐ左手に番台があり、正面には肩口あたりまでの高さしかないロッカー、お約束のように瓶のコーヒー牛乳が入れられた冷蔵庫が番台の横のソファーの陰に鎮座している。

番台の正面にロッカー、その向こうに浴槽があり、コーヒー牛乳の冷蔵庫の横に置かれた茶色の2人掛けの本革ソファーは浴槽に背を向けた形で置かれている。浴槽の反対側はちょっとした中庭があり、盆栽は丁寧に手入れされていた。

この中庭のおかげで、狭い割には開放感のあるつくりとなっていて、まだ明るい夏の午後の日差しを存分に取り込むことに成功していた。

シャンプーとリンスをビニール袋に入れ、首からバスタオルをかけたままTシャツにパンツ一丁で銭湯に乗り込む。

なぜこのスタイルなのかと言えば、隣接するコインランドリーに着ている衣服も含め大方の洗濯物を先に入れてしまっているからで、小1時間風呂に浸かったのちに洗濯物を乾燥させるというのが、最も無駄のない動き且つ浪人生である僕たちの限られた時間の活用法で、そのためには風呂に入る前にコインランドリーの洗濯機に汚れものを放り込んでから風呂に入らなければならず、いつしかこれが定番のスタイルになっていた。

それが許されるほどののどかな街であり、のどかな時代だったということだ。

番台のババアに310円を渡したら、ロッカーに荷物と衣服を放り投げいざ銭湯へ。

横並びに座ってまずは体を入念に洗う。風呂に入れなかった3日分の体の垢を落とさなければ湯船には浸かれない。

入り口のガラスの大きな引き戸を開けてすぐの角に「ケロヨン」と書かれた黄色い桶があり、その中に持ってきたシャンプーや石鹼の類を入れて、足元に置くのがいつものスタイル。

頭の皮がめくれるのではないかと思うほどにゴシゴシと洗い、最低でも3回シャンプーを繰り返さなければ、気が済まないのだった。

とにかく、次いつ入れるかも分からぬ風呂であるために、いつも神経質なほどに何度も何度も体を洗った。

文字通り一皮むけた感じにさっぱりとした体を、熱めの湯船に沈ませる。

至福の時とは、まさにこのことだ。

雄大な富士をバックに、足を伸ばして入るこの時間が僕達は大好きだった。

銭湯に入るという事も、友人とお風呂に行くという事もほぼはじめてに近い経験で、初めのうちはよくわからなかった大衆浴場のしきたりにも慣れ、友人と連れ立って銭湯に来るという行為が、親元を離れて生活しているという自立感も程よく演出してくれていたから、僕達はここに来るとちょっぴり大人になったような満足感を得ることも出来ていた。

湯船に浸かっては体を洗い、体を洗っては湯船に浸かるを繰り返し、約1時間。すっかり心も体もきれいになったところで風呂から出たら、腰にバスタオルを巻いたまま1本100円のコーヒー牛乳を一気に飲み干す。

奥の中庭から覗く夏の夕暮れが心地よくて、空の牛乳瓶を持ったまま大きく伸びをした。

新しい替えは隣のコインランドリーの洗濯機の中なので、不本意ながらここに来た時と同じTシャツを着て、新しいパンツと新しい半ズボンに着替えたら首からバスタオルをかけて外に出る。

隣のコインランドリーまで歩いて行ったら、洗濯機の中から洗濯物を取り出し乾燥機の中に放り込む。

その時に、今まで使ったタオルとバスタオルも一緒に入れることを忘れない。

銭湯上がりの夕暮れは暑く、風呂から出たばかりだというのに汗だくになった額を、着ていたTシャツの裾で拭った。

銭湯隣のこのコインランドリーは、大きなサイズの乾燥機が5台ほどあり、横1列に整然と並べられた作りで、向かい合った形のガラス張りの大きな壁にはちょっとしたカウンターと椅子が備え付けられていたから、僕達は風呂から出たらそこに腰かけ、ガラスの向こうに見える大きなゴルフ練習場を眺めながら、乾燥機が止まるのをしゃべりながら待つ。

「風呂から出るときに、水風呂入ると汗が出ないらしいよ」

富岡ちゃんは、もっもらしい表情で僕に言った。

「水風呂か、ここの銭湯、水風呂ないじゃん」

「石神井川沿いを豊島園方面に少し行ったところに、最近できたばかりのきれいな銭湯があって、そこにはサウナも水風呂もあるらしいよ」

「誰に聞いたのよ」

「市田さん」

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