いのち
うちの病院、素敵な庭があるの 知っていましたか?、って
朝の間にその庭は
あなたのお父さんといっしょに散歩してたから
今回は病院の屋上を目指したの
ひとりで目指したの
あなたに出会う その前に
出来るかぎり大空に近づきたかったし
大地にあるすべてのものを
この目で見たかったの
この世界を自分の目で
きちんと確かめて起きたかったの
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産婦人科を離れてすぐに
消毒液の強いにおいが鼻を衝いてきて
ここが病院だってことに改めて気づく
私は出産っていう
おめでたいことで ここにいるけれど
ほとんどの人の目的は治療なんだ
小児科の前まで行くと
いくつもの千羽鶴が目に入ってきた
三つの千羽鶴が飾ってある
小さなベビーベッドの前で 足がとまる
そのひとつが
元の色が分からないほど色褪せていて
切り離された時間の流れが浮き立っている
胸から喉元に込みあげてくる鈍い痛みを
かろうじて飲み込んだ私は
そのまま歩き続けた
集会所では
お年寄りの人たちが話し込んでいて
私の大きなおなかにに気付いたその人たちが
なんともいえない深いまなざしと
ぬくもりを帯びた笑顔を送ってきて
しばらくのあいだ
私はその膜に包まれる
言葉を超えた膜のなかから
紡ぎだされたのは 祝福という未来
病院のなかを通り抜けながら 私は思う
「 ここは
生と死の入り口
生と死が潜り抜けてくる場所
そして
私は今
この尊い場所に
許可証も持つことなく
この足で立つことを許されている 」
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屋上に出ると
春風のなか
洗いざらしの白いシーツが
何枚もはためいていて
バタバタと ひっきりなしに体をくねらせている
私は建物のギリギリ端っこにまで寄って
眼下に広がる景色を見渡す
途切れることのない車の流れ
どこかへ向かう人たちを運ぶ数々の自転車
定期的に規則正しく変わる信号
おしゃべりに興じる人々
そこに特別なものは何もなかった
「 目の前にあるのは
日々繰り広げられている ありふれた日常
今日は私にとって特別な日
そして
私は今
”生” ”死” ”日常” という トライアングルのなかで
特別という名札を付けて立っている 」
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陣痛がいよいよきつくて耐えられなくなってきたとき
ずっと支えてくれたのは母
そう、あなたのおばあちゃん
何も言うことなく
何も口にすることなく
休むことなく
ただただ私の痛む腰をさする母の手
その手が痛みを和らげ続ける
これが私の母の愛情の示し方
言葉にすることなく
淡々と行動で
必要なものを埋め合わせていく
小さいころは
その言葉の少なさが私を不安にさせたけれど
今でこそ分かる
母なりの愛情の示し方
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陣痛が始まってから12時間
もうくたくたで 残っている力はなかった
出産に時間がかかりすぎて
あなたの心臓が弱くなってきたらしく
助産婦さんが
お母さん、次のいきみで産みましょうね、って
だれ?
あなたの親御さんの人生を雑誌にしませんか?
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