いのち

2 / 3 ページ

うちの病院、素敵な庭があるの 知っていましたか?、って


朝の間にその庭は 

あなたのお父さんといっしょに散歩してたから

今回は病院の屋上を目指したの

ひとりで目指したの


あなたに出会う その前に

出来るかぎり大空に近づきたかったし

大地にあるすべてのものを

この目で見たかったの

この世界を自分の目で 

きちんと確かめて起きたかったの



______________________________________________



産婦人科を離れてすぐに

消毒液の強いにおいが鼻を衝いてきて

ここが病院だってことに改めて気づく

私は出産っていう

おめでたいことで ここにいるけれど

ほとんどの人の目的は治療なんだ


小児科の前まで行くと

いくつもの千羽鶴が目に入ってきた

三つの千羽鶴が飾ってある

小さなベビーベッドの前で 足がとまる

そのひとつが

元の色が分からないほど色褪せていて

切り離された時間の流れが浮き立っている

胸から喉元に込みあげてくる鈍い痛みを

かろうじて飲み込んだ私は

そのまま歩き続けた


集会所では

お年寄りの人たちが話し込んでいて

私の大きなおなかにに気付いたその人たちが

なんともいえない深いまなざしと

ぬくもりを帯びた笑顔を送ってきて

しばらくのあいだ

私はその膜に包まれる

言葉を超えた膜のなかから

紡ぎだされたのは 祝福という未来


病院のなかを通り抜けながら 私は思う

「 ここは

  生と死の入り口

  生と死が潜り抜けてくる場所

  そして

  私は今

  この尊い場所に

  許可証も持つことなく    

  この足で立つことを許されている  」



______________________________________________



屋上に出ると

春風のなか

洗いざらしの白いシーツが

何枚もはためいていて

バタバタと ひっきりなしに体をくねらせている

私は建物のギリギリ端っこにまで寄って

眼下に広がる景色を見渡す


途切れることのない車の流れ

どこかへ向かう人たちを運ぶ数々の自転車

定期的に規則正しく変わる信号

おしゃべりに興じる人々


そこに特別なものは何もなかった


「 目の前にあるのは

  日々繰り広げられている ありふれた日常 

  今日は私にとって特別な日

  そして

  私は今 

  ”生” ”死” ”日常” という トライアングルのなかで

  特別という名札を付けて立っている 」




______________________________________________



陣痛がいよいよきつくて耐えられなくなってきたとき

ずっと支えてくれたのは母

そう、あなたのおばあちゃん


何も言うことなく

何も口にすることなく

休むことなく

ただただ私の痛む腰をさする母の手

その手が痛みを和らげ続ける


これが私の母の愛情の示し方

言葉にすることなく

淡々と行動で

必要なものを埋め合わせていく


小さいころは

その言葉の少なさが私を不安にさせたけれど

今でこそ分かる

母なりの愛情の示し方



_______________________________________________



陣痛が始まってから12時間

もうくたくたで 残っている力はなかった

出産に時間がかかりすぎて

あなたの心臓が弱くなってきたらしく

助産婦さんが

お母さん、次のいきみで産みましょうね、って


 だれ?

著者のHill Norikoさんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。