いのち
私?
私がお母さん?
そうだ、私はもうお母さんなんだ
”お母さん” っていう言葉で再び目が覚めて
そして
あなたが生まれたの
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あなたが生まれたその夜
私は一睡もできなかった
横ですやすやと眠るあなたを見つめながら
この赤ちゃんは
いったいどこからやって来たんだろう?って
そんな想いに ずーっと耽ってた
ちっちゃな ちっちゃなあなたが眠る横で
思えば私も
田んぼに立つ小さな稲の赤ちゃんと全く同じ
生まれたばかりのあなたと全く同じ
まだまだなーんにも分かってなかったの
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四日後
黄疸がかなりひどくなったあなた
放っておくわけにはいかないレベルで
担当医から交換輸血の説明
血液は緊急ヘリで既にこちらに向かっていること
もしものことがあった場合の話をしながら
その横で
あなたのお父さんは涙を流してた
ふたりで書類に署名をしながら
何があっても僕たちの子どもなんだよね、って
握ってきたその手は
相変わらず温かかったけれど 震えてた
私は静かに頷き返した
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何事もなく生まれた赤ちゃんよりも
二週間遅れた
保育器からの退院
あなたを乗せた
家に向かう車のなかから
私は世界の変化を嗅ぎとる
季節は梅雨に入り
湿り気を帯びた密な空気が漂いはじめ
赤ちゃんだった稲は
濃い緑色の背筋をしゃんとのばして
凛々しく 誇らしげに立っている
蝶々は踊るように舞っていて
おたまじゃくしはカエルに変わってた
たくさんの笑顔と涙を経験したあとの世界は
なんだか前よりも
ずっと騒がしくて 生ぬるいような気がした
まわりには命が溢れかえっていて
至る所にエネルギーが流れてた
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この世に命が誕生しようとするとき
命がその生き場所に迷ったとき
たった一つの命を支えるために
世界は愛というシステムを総稼働する
目には見えない
数えきれないほどの愛という循環のなかで
その命が中心となって
まわりのすべてがつながる
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15年前の今日
あなたはこの世界に来ることを決めて
その日以来
そして永遠に
今日という日は私にとって特別な日になって
今こんな風にあの日のことを思い出しながら
もしもね
もしも願いが叶うのなら
もう一度
もう一度だけ
あなたをのせたベビーカーを押して
朝の散歩に出るんだ
15年前のあの日の田んぼへ
田んぼのあぜの真ん中で
あなたをしっかりと胸に抱いたら
今度は両腕で精一杯 天高くに支えあげて
まわりに広がるあの美しい景色を
あなたに見せながら
私は世界に向かってこう言うの
心の底からこう言うの
あなたを私のもとに送ってきてくれて
ありがとう、 って
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