人生、始めちゃいますか。

人生とは、生きるとは何だろう。

上記の問いに対して、誰もが考えたことがあるお題だろう。まるで自分が哲学者や僧侶になったかのように悟りを開きながら自問自答する人間世界の鉄板のお題。

若手ロックバンドが軽い気持ちで歌にしてそうだ。実際、いくら考えてもロクな答えが見つからない。そんなことわかってる。わかっているけど、社会人になり、そんな無意味なお題に自問自答して、エンジン全開で頭を回転させ、考えてる自分がいた。答えが見つかる期待をして。


①「人生の終着点。」


2013年12月。僕は21歳、大学3年生で就職活動が始まった。このときの僕は、ここで人生の終着点が決まる。失敗は許されない。残りの人生のすべてが決まると思っていた。

人生のことなんて今まで考えたことないくせに、こういうときだけ重く考えてしまう。普段はポジティブで単細胞の自分が変にネガティヴに切り替わる唯一の機会。一言で言うと、気が弱いのだろう。


僕は、ごく一般的などこにでもいるような大学生だったと思う。多くの友人に恵まれ、毎日気の合う友人たちと夜通し遊んで、楽しい日々を送っていた。

そんな日々の活動を一時的に休止して就職活動を開始した。


やりたいこと、興味がある仕事はあった。だが、家族、友人には言ったことがなかった。恥ずかしさと特殊な仕事内容でなかなか理解されないと思ったからだ。

そして自分でさえ、叶わない夢だと心で思って自分のことを信じれていなかった。

就職活動を進めていくうちにそんな夢を人知れず、誰にもバレないように心の金庫に隠し、鍵を閉めた。結局、父親の勧めてくれた企業を受け、採用が決まった。


採用された企業に最初は興味がなかったけど、試験を受けていくうちに興味が少しずつ湧いた。

採用された時は素直に嬉しかった。大きな会社、知名度もある。安定もしている。これが人生の終着点。自分の人生というものが完結したと感じた。あとは、死ぬまで働いて人生終了。


就職活動の終わりと同時にまた日常生活に戻り、相変わらず毎日遊び呆けた。そして、まるでタイムスリップしたかのように時間が一瞬にして2015年4月を迎え、社会人になった。


②「初めまして自分。見えなかった自分。」


2015年4月1日、僕は社会人になった。入社式が始まり、周りは知らないやつらばかり。今まで自分のコミュニティにはいなかった連中ばかりだった。絶対気が合わないなって上から同期を勝手に評価する。今振り返ると、典型的な大人になれない子どもだったなと思う。

そして知らないたくさんのおじさんたちに囲まれる。視線も感じる。檻の中にいる見世物の動物みたいだなと思いつつ、「あぁ、動物って人間にこんな風に見られて、ストレス溜まるよな。」とどうでもいいことを考えながら過ごした。

研修が始まり、少しずつ同期と打ち解けた。周りの友人たちに比べると面白みは欠けるけど、みんないい奴らだなと考えを改め直した。

それと同時に少し自分が社会に染まっていく感覚が押し寄せた。

それに染まりたくないと必死に心が抵抗しているのを感じる。このときなぜ抵抗しているのかはわからなかった。


社会人になると土日は必ず仲の良い友人たちと毎週遊んでいた。みんなで平日に起きた出来事を面白おかしく話す。

「あぁ、これが本当の日常だよな。平日は偽りの世界だ!」と社会人になっている現実からしばらく目を背け続けていた。

ただ、初任給が入り社会人としての自覚が現れた。バイトでは稼ぐことはできない額。モチベーションがあがる。「社会人最高だな!」と今までの自分が嘘のように変わる。社会の歯車のリズムが自分へ無意識的に刻みこまれていく。


研修が終わるといよいよ部署への配属。僕は営業部へと配属になった。営業といってもお客さんは決まっていて、ルート営業だ。

これからどんどん稼ぐぞ!と意気込んだ。しかし仕事というのはバイトと違い、そんな甘いものじゃないことに気付く。

正直、自分の能力というものに過信していた。覚えることが細かく、責任も重く、思うように出来ない。理想の自分とは程遠い。

現実と理想のギャップをこれでもかと感じた。怒られることも度々ある。自分はこんなにも能力低かったっけ?とまるで記憶喪失になったかのように自分のことがわからなくなる。

段々、今までの生活に見えてこなかった自分が現れる。もちろんマイナスな面の自分。

一体どこに隠れていたのか。追い出したい。

「お前のせいで仕事はできないし、怒られるんだぞ!」と勝手に憤っていた。

しかし、紛れもなくそいつも自分自身だ。ただ受け入れていくしかないなとポジティブな性格が発揮され、精神を保つ。

社会人になって、今まで見えていなかった面の自分との出会い。初めましてと一言あいさつを言って、油断したところで殴りかかりたい。そんな気持ちを抱いていた。


③「死ぬのは簡単。生きるのは難しい。」


入社して半年以上が経った。失敗や怒られることはあるにせよ、仕事に慣れてきた。

「やっぱ何事も慣れだな!余裕だ!」と自分らしさが戻ってきた。ただの自信家気取りの僕だが、これが自分の唯一のいいところなんだろうと解釈する。

そんな日常を何となく過ごしていく。しかし仕事に慣れてきて、どんなに新しい仕事を任されても、何1つやりがいとか楽しさとか感じれなかった。

あれ?社会人ってこんなもんなの?こんなことの為に残りの40年程、時間を費やすの?

こんな疑問が湧き水のように溢れ出す。溢れ出した水は溜まりに溜まって、心のコップから水が溢れる。とめどなく、ただ、ただ溢れていく。

そんな自分史の中で歴史的なことが起きてからは、今まで何も考えず、ただダラダラ遊んでいた僕があることを考えだす。

(生きるってなんだろ。。。)

序盤にも記載した通り、考えても答えなんて出ない。わかってはいるけど、常に考えるようになる。息をするように、毎日。

やりがいを感じない、何の為にやってるのだろうと頭をよぎる。人のため世のためになっているのかわからない仕事を5日間続ける。抗う術はなく、時間が過ぎる。

これが終着点?これが人生終了までの道?

自宅のベランダでタバコを吸いながら考える。

ふと、ベランダの下を見る。自宅は二階建ての一軒家だ。二階から下を見下ろしてもたいした高さではない。でもここから頭から落ちたら死ぬな。死ぬのって簡単なんだな。悲しいことなのに。

死んだら、それこそ終わりだ。そこで自分の人生は終了する。

生きるのは楽しいことのはず。今まではそう感じていた。楽しいことがあるから人生すぐに終わらせたくない。なのに、、、、生きることがこんなにも辛い、難しいなんて知らなかった、、、、。

逆じゃないか?死ぬのは辛い、生きるのは楽しいこと。本当は違ったのか?

僕の考えが一変した。舞台は自宅のベランダで。チープなドラマだ。

つまり、僕は本当の人生、生きるということをわかっていなかった。なに一つ。人それぞれだと思うけど、たしかにそう感じた。あぁ、僕は今まで生きてなかったんだ。


④「金庫の鍵。」


ベランダを舞台に1人チープドラマが起きてから表情には出さないが、気持ちは暗くなる一方だった。常に人生とは、生きるとはと答えが見つからない問いと向かい合っていた。同じことをひたすら。誰にも言わずに。

気持ちを入れ替えようと土日は常に遊んで家に帰らないようにしていた。遊んでいれば、なにも考えずに済んだから。

あるとき、友人達と京都に旅行に行った。綺麗な風情ある街並み。それだけで京都は楽しいから好きだった。

祇園周辺を歩いていたとき、ふとその街並みに似合わないビルがあった。そのビル入口付近に手書きの看板が設置されていた。そこに書かれていたのは、<占いやっています!○○○○円より>

僕は占いというものを信じていない。初めてあったやつに勝手に未来を言われるのがカンに触るから。ただ占ってもらった経験はなかった。

友人たちもその看板が目に入り、行ってみることにした。占いはビルの五階でやっていて、ボロボロなエレベーターに乗り、人を不安にさせるような変な音を出しながら、ゆっくり五階へ上がって行った。

五階にはいくつかのドアがあり、外からは見えないようになっている。看板に書かれていた部屋に行き、ノックすると綺麗なおばさんが出てきた。

男というのは単純で、少し綺麗だとテンションが上がり、気付けば楽しくおばさんと話していた。

いよいよ占いが始まり、僕は心の中で暇つぶしにはなるなと思っていた。生年月日を言い、手相を見てもらう。

「ありきたりですね。」と思わずおばさんに言ってしまう。

ふふっと笑みを浮かべて、開口一番におばさんから「辛くて苦しい時期を過ごしてるね。」と言われた。

一瞬、時間が止まった。いまなんて言った?この人。かなり焦った。

そのあとおばさんから「大丈夫だよ。もうすぐ終わるから。大丈夫だよ。」

動揺からかそのあと何を占ってもらったかは覚えていない。大丈夫という言葉がやけに耳に残ったまま、平日を迎え仕事に行く。

大丈夫とは言われたものの、相変わらず自問自答する日々。正直、限界を迎えていたと思う。

答えが出ないことを毎日考え続けると精神が崩壊しそうになる。メンタルは強い方だと自負していたが、さすがに限界があった。

もうすぐ社会人になってから1年が経とうとしていた。そんなとき、いつも通り車に乗り、会社へ向かった。

いつもの通勤路。慣れた道。慣れた道こそ危険は隠れている。直進の道を制限速度で車を走らせていた。信号も青。いつもの景色だ。

ただ視界に何かが入ってきた。横方向から車が突っ込んできた。かなりのスピードで。信号は赤のはずなのに。こういう場面に出くわしたとき、時間がスローモーションで流れる。頭の思考も一気に働く。

「あぁ、これが走馬灯ってやつ?」と思った。変に冷静で、なにかを悟った気分。このまま死ぬのかなという考えにまで一瞬で至った。

「やりたいこと、あったのにな。。。やりたいこと?やりたいことってなんだっけ?」と頭によぎった。

その瞬間、死ぬのかなと考えていた自分が急に「死にたくねぇ!死んでたまるか!」と思考が切り替わったところで、なんとか事故にはギリギリ繋がらなかった。

息を切らせながら車を走らせた。そして先ほど、頭によぎったことを何回も反芻しながら考えた。「やりたいことがある?なんだっけ?」

思考がクリアになりフル回転する。回転が止まらない。答えはすぐに出た。

「あ、、そうだった。ずっとやりたかった夢があったじゃないか、、、、。」

就職活動のとき、心の金庫に隠していたモノが鍵をこじ開け、扉を開く。僕の身体を走り回って、脳内にたどり着き、思い出した。

あれだけ考えても答えが見つからず、自問自答していたのに、答えが見つかった気がした。


⑤「人生、始めちゃいますか。」


僕は、中学の頃から社会人に至るまでの人生を振り返った。その中で1つ、繰り返し同じことをしていたことに気付く。中学受験、高校受験、大学受験の進路先、就職活動の就職先。すべて担任の教員、両親に決めてもらっていた。やりたいこと、夢から目をそらし、逃げていた。

僕の夢は、言葉に関わる仕事やテレビ番組などの放送作家だった。特殊な仕事内容、なかなか周りにいない為理解されない。だから隠していた。その為やりたいことが特になく、すべて人に決めてもらっていた。

このとき23歳になっていた。本当の意味で生きていないと思った根本的な原因がそこにあったんだ。自分の足で、自分の人生を歩んでいない。生きていない。死んでいるのと同じ。

今なら間に合う。もう一回死んでるんだ。なにも怖くない。自分の足で歩く時がきたんだ。

そう思えてきたときからの行動は、自分でも驚くほど早かった。自分にこんなにも行動力があるなんて思わなかった。

インターネットを駆使して、放送作家のコンテストを見つけ、すぐに応募した。まずは、ここから。失敗してもいい。藁にもすがる気持ちだった。応募してから数日が経ち、知らない番号から連絡が入った。応募の結果、東京でオーディションに呼ばれたのだ。

本当に嬉しかった。生きている気がした。やっと歩き出したんだ。

東京にオーディションを受けにいった。内容は事務所入りのチャンスがあるオーディションだった。昔から緊張というものを知らない僕は意気揚々と受けた。

しかし、人生やっと生きていると感じてはいたが、そう簡単にはうまくいかず、落選。

そのかわり、1年間養成所へ入る権利をもらった。一歩ずつ歩いている。着実に。ゆっくりと。

少し前まで人生とは、生きるとはなんだろうと常に考えて、答えが見つからず自問自答を繰り返していたのが嘘のように考えるのをやめていた。

たしかにその問いに対して、本当に正しい答えというのはわからない。

ただ、答えは自分それぞれで。人の数だけ人生があるようにその数だけ答えが存在する。

僕の答えは、逃げずに一歩一歩、自分の足で人生を歩くこと。これが本当の意味での生きるということ。今年で25歳になる。今年度で今の職場を退職し、1年間限定で夢を追いかける。失敗したっていい。一度死んだみたいなものだ。なにも怖くない。生きるんだ!これからも歩くんだ。この先なにが待っているかなんてわからない。やりたいことをやり続ける。人生が始まった。そんな気分。。。。

*このことを忘れないように、書き込んだ。とてもいい機会だった。このような機会をいただいて感謝しています。もっと書きたいことはあったけれど、文章がまとまらない気がして簡略化したつもりです。

何人の人が読んでくれるかはわからないけど、自分の気持ちを再確認したので誰も読まなくてもかわない。でも誰か同じことを悩んでいたら、参考にしてほしい。人生始めちゃおう!






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