感謝状

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帽子といってもただの帽子ではなく、美容師ならではの気の利いたアイデアと思いやりに溢れる帽子をプレゼントしたい。

休日、幸と薫は帽子を選びにデパートへ足を運んだ、真弓に似合う帽子を選ぶためだ。二人は小柄でかわいい印象の真弓に似合うよう赤い太編みのニット系の帽子を選んだ。デルニエに戻ると義則がエクステンション用のヘアピースを何通りかの長さにカットしているところだった。

「ただいま、どうこんな感じで、かわいいでしょ?真弓さんに似合うと思うねん。」

「ええやん。ちょっと若すぎる気もするけど雰囲気にも合っていると思うし、真弓さん年齢よりずっと若々しく見えるからね。」

義則は薫が用意した練習用のマネキンに帽子をかぶせて長さを切っておいたヘアピースをフロントとサイド、襟足部分に丁寧に縫いつけていく。薫も義則が作業をしやすいように手伝い、幸はラッピングの準備をする。

その作業は、思いのほか楽しく時間はあっという間にすぎていった。

完成した帽子を薫が試着してみる。

前髪はパッツンぎみにやや丸みのあるラインに切られて、サイドはストレートのロングレングスで軽い印象にデザインされている。

見事な出来だった。ヘアピースも人毛を使用したおかげでどこから見ても違和感がない。自然なストレートヘアーの女性がおしゃれな帽子をかぶっているようにしか見えなかった。

数日後、大きめの封筒が届いた。そこにはプレゼントの帽子をかぶりWピースをするロングヘアーの美幸の写真が同封されていた。両隣には夫と思しき男性と、娘であろう真弓によく似たかわいらしい少女の姿も映っている。

さらに、賞状のようなものが入っている。

そこには感謝状と書かれていた。

 

感謝状

デルニエ の皆さん

右のものはうちのために数年来にわたりヘアスタイルをキレイにしました。

さらに、うちが癌になって髪が抜けるとホンマ素敵な帽子をプレゼントしてくれはりました。

おかげで頑張って明るく笑顔で病気と闘えます。

よってここにこれを表します。

ホンマにありがとう。

きっと元気になるからまっといてな。

平成○○年○月○日

渡会真弓

 

― 渡会さんホンマ明るい人やわ、きっとめっちゃ辛いはずやのにこんな気の利いた感謝状まで贈ってくれはって、少しは喜んでくれはったんやろな。でも、こんなことしか出来へんのやろか。 ―

義則は喜んでもらえた安心と同時に無力さも感じていた。

                       *

                       *

「岩見さん、聞いて。渡会さんね、最後まで笑顔やってんで、普段からおしゃれな方やったんやろね。最後の抗がん剤の治療で入院するときも身だしなみはちゃんとしてはったわ。車椅子に載せられてどこにも出掛けられへんのに、あなた方からもらった帽子をかぶってね。そしてね、抗がん剤の副作用で吐き気や虚脱感に襲われることよりも髪が抜けることがとても辛かったみたいなの。

― 先生見て、これいつも行っている美容室の兄ちゃんからもろてん。ホンマ髪も抜けて外でるんもいややったけど、この帽子のおかげで外出れるわ~、最後まで、あの美容師の兄ちゃんのおかげで綺麗なまま笑顔で天国へいけるわ―

渡会さんそう言ってはったわ。」

義則のほほを涙が伝った。いつの間にか、遅れて出てきた幸が義則の隣で板垣静江の話を一緒に聞いた。そのほほは義則と同じように涙で濡れていた。

エレベーターはとっくに義則たちのいる階へ到着し、誰も乗せないまま違う階へと移動していた。

 

翌日、義則と幸は渡会真弓の葬儀へ出向いた。

棺の中では義則たちのプレゼントした帽子をかぶったままの真弓が眠っていた。

その姿は最後に会ったときよりさらに痩せていたが、表情はどことなく微笑んでいるように見えた。

式場を去ろうとしたとき二人は男性の声に呼び止められた。

振り向くとそこには真弓の夫、渡会一弥の姿があった。

「すみませんデルニエのかたですよね。私、真弓の夫の渡会一弥と申します。この度はわざわざ真弓のためにお忙しいなか足を運んで頂きありがとうございます。」

一弥との面識はなかったが真弓から送られた写真に写っていた男性だとすぐに分かった。一弥は二人に深々と頭を下げ、そして神妙な面持ちで、でもかすかな笑みを浮かべて話し始めた。

「あの、どうしても直接お礼が言いたくて呼び止めてしまいました。

皆さんのおかげで真弓は随分と明るくなりました。本当はあまり良くないのですが外にも出掛けるようになりましたし、娘との思い出も沢山出来ました。ただ残念ながら・・・。」

一瞬言葉を詰まらせたが、一弥は言葉を続けた。

「実は僕、ファッションとかヘアスタイルとか全然ダメで、いつも真弓の言うとおりにしていました。普段着る服も彼女が選んでくれていたものですから、これからどうしようって思うくらいで。

でも真弓はいつもおしゃれで髪も毎日、自分で綺麗にしていて、娘と同じ髪型にしたりして遊びに行ったりするんですけど、そんなことも出来なくなって、とてもふさぎこんでいたんです。あんなに明るかった真弓がまるで別人になってしまったようでした。

ですがあの帽子をいただいてからというもの前以上に明るくなったというか、とても大切にしていました。もう二度とロングヘアーなんて出来ないと思っていたので本当に喜んでいました。ここまでしてもらえるなんて・・・、デルニエに通っていて良かった。岩見さんご夫妻に出会えて本当によかった。そう言っていました。」

義則も幸も胸が熱くなった。自分たちがしたことをそんな風に思ってくれていたことがたまらなく嬉しかった。

一弥は軽く目を閉じ一瞬、淋しそうな表情を見せたが、またかすかな笑顔を二人に向けてさらに話を続けた。

「もしかしたら、最後の頃には真弓は自分の死期を感じて無理して明るく振舞ったのかもしれません。でも、デルニエで皆さんに出会わなければ、あの帽子をいただかなければ間違いなくあんなに明るくは振舞えなかったと思います。

それから、こう言っていました。元気になって髪が伸びたらデルニエに報告に行くって、そしてカラーしてパーマかけてまたオシャレするんだって。

本当にありがとうございました。元気になった報告は出来ませんでしたが、真弓に代わって私がお礼を言いたいと思います。もう一人のスタッフの方にもよろしくお伝えください。」

一弥は改めて深々と頭を下げた。

 

 

渡会真弓がこの世を去って間もなく3年の月日が流れようとしている。

今日もデルニエは客で賑わっている。当時アシスタントだった薫も今は立派なスタイリストとして客を担当している。数ヶ月前から新しいアシスタントが一人増え4人体制となった。

毎日、様々な客が様々な要望を抱えてデルニエの扉を開く、あの日から義則は自分に出来ることを最大限、精一杯やろう。

そう思って店に立っている。

デルニエのスタッフ控え室には真弓から送られた感謝状とWピースをする真弓の写真が額に入れられて今でも大切に飾られている。

 


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