27年前の初恋の思い出をネットの海に流すことに決めた

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「ううん、知らない」


「そっか、じゃあ……」


そのあとお姉さんが何か続きを言ったんだけれど、ナガサワたちの声がうるさくてよく聞こえなかった。


”ナポレオンの影”というのが、アーサー・コナン・ドイルの書くワーテルローの戦いの話だと分かったのはずっと後のことだった。


読んでみてね、ってあの時言ったのかな。




午後5時45分、夕方のチャイムが鳴った。


「そろそろ帰らなくちゃ」


ナガサワが言った。


「そっか、じゃあ私たちももう帰ろうかな」


お姉さんたちもそう答えたあとで、長い髪のお姉さんが僕に耳うちをした。


「そうだ、アユムくん誕生日いつ?」


「9月17日だよ。どうして?」


「じゃあその日にまたここで会わない? 私がアユムくんに誕生日プレゼントを持ってきてあげる」


お姉さんがにっこりと笑って言った。


「うん、いいよ! じゃあ誕生日にここに来るね」


僕はすっかり嬉しくなって、そう答えた。


本当に心から嬉しかったのを今でも覚えている。



「約束ね。じゃあまたね! バイバイ」


僕たちは、こうしてそれぞれ家に帰っていった。


僕はすごく嬉しい気持ちでいっぱいだった。


新しくできた友だちと仲良くなれた、という種類の純粋な喜びだった。




そしてまた当たり前のように日常が続き、夏休みが終わり、2学期が始まった。


9月だ。


僕の誕生日ももうすぐだった。


ナガサワたちともクラスで顔を合わせるけれど、お姉さんたちのことは特に話したりはしなかった。




9月17日。


僕の誕生日。


この日は平日だったので、普通に学校に行った。


今日は早く帰って、すぐに図書館へ向かわなくちゃ、と僕は思っていた。


そう思っていたんだけれど……現実はそううまくいかなかった。


この日に限って、僕は居残りをした。


係で急な仕事を先生に頼まれてしまった。


なんでこんな日に……!


教室を急いで掃除して、頼まれた荷物を運んでところでやっと帰れることになった。


僕は急いで、ランドセルを背負ったまま図書館へ走った。


まだいるよね、と思いながらとにかく全力で走った。




図書館に着いた頃、ちょうど夕方のチャイムが鳴った。


図書館には誰もいなかった。


もう帰っちゃったのかな、と僕はすごく焦りながらしばらく図書館も公園も隣の公民館も探し続けた。


でも、館内をどんなに歩き回ってもお姉さんは見つからなかった。


入口付近には連絡用黒板も立てられていたが、何の連絡事項もそこには書かれていなかった。


間に合わなかった……。


僕はすごく落ち込んで、そのまま家に帰った。


次の日もその次の日も図書館に行ってみたんだけれど、二度とあのお姉さんに会うことはできなかった。


もうこのまま一生あのお姉さんに会うことはないんだと、そう思った瞬間、激しい寂しさに襲われた。


今まで感じたことがないくらいとてつもなく切なかった。


もう一度会いたい、会ってもっとおしゃべりしたり遊びたかった。


間に合わせることが出来なくて、約束を守れなくて、本当にごめんなさい。


名前も学校も知らなかったから、こんな子どもの自分には探し出す術もなかった。




そしてこのずっとずっと後に、これが自分にとっての初恋だったんだと僕は気付くことになる。


子どもから大人に成長していく中で、例えばいくつかの恋愛を経験していく中で、時々僕はこの日のことを思い出すことになる。






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お姉さんへ



お元気ですか。


笑顔でいますか。



僕はあなたのことを何も知りません。


今どこで何をしているのかも、年がいくつ離れているのかも、そして名前さえも、全く知りようがありません。


だけど、どうやら僕はあなたに初恋を奪われてしまったらしい。


からっと晴れた日のような元気な笑顔や、あたたかく見つめるまなざし、楽しそうな横顔、そんなあなたが僕は好きでした。


たった一度しか会わなかったけれど、あの日の出会いは僕の人生の大きな輝きの一つになりました。


そしてふと立ち止まったときに思い出して、何だかあたたかい気持ちになって、また歩き出すのです。


あなたや、今まで出会った沢山の人たち、数多くの心に残る言葉や思い出、そうしたものが僕を支えてくれているんだと感謝しています。



今もどこかで、あなたが幸せに暮らしていることを僕は願います。


あの真っすぐな笑顔と健やかな明るさで、周りの人たちを照らし、愛し愛されていることを願っています。


どうか、幸せでいてください!


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――






これは、僕の初恋となった一つの小さな出会いの物語だ。


これを書いたからといって再会を願えるわけでもなく、あの幼かった頃の声が届くわけでもなく、

ただ一つの思い出として書きとめておこうと思った。


だけど、もしいつかこの思い出話があのひとの目に届くことがあったなら、


ついでに思い出してくれたりしたら、


こんなに幸せなことはない。


という夢を見続けることにした。



だからこそ、僕は27年前の初恋の思い出をネットの海に流すことに決めた。



例えば、誰かへの手紙を瓶に入れて海へ流すかのように。






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