フィリピンで警察に捕まって帰れなくなった日本人の話パートⅣ
電話が終わるのを待ってチェックインカウンターに向かう前に男に声をかけた。
「あっ、あの・・・」
「あれ?部長さん・・・ですよね?」
あれから5日後、私は大切な契約を終えて、かねてからの約束で3日間の休みをもらうことになっていました。
本社の内勤者は日曜日もあれば祭日や正月休みもあります。ところが商社の外回りはあちこち飛び回っていると移動時間が休みみたいなもので、まともな休みを取ったことがありません。
「約束通り、契約も無事終了しましたのでバカンスに行って来ます。」
「バカンスって何処行くんだ?日本に帰るのか?」
「いや、日本には帰らない。娘たちもお父さんが家にいると喜んでくれてたのは小学校低学年までだ。今じゃ久々に帰っても喜んで迎えてくれるのは犬だけになった」
「まっ、誰でも通る道だ。じゃそのままフィリピンに居るのか?」
「フィリピンのどっか小さな島に行ってやしの木陰で昼真っからビール飲んで本読んでるよ。」
「昼真っから飲むのか?そりゃ気合入ってるな~。まっ、楽しんでこいよ」
「携帯の電波が届かないような田舎に居るから電話すんなよ!」
日本にいる同僚からの事後報告と軽い冗談を交えながら私は久々の休日に饒舌になったのかも知れません。
横からまるでホームレスのような老人が近寄ってきたように見えました。
髪は真っ白でボサボサ、頬はコケ生気が無く背中を丸めて近づく様はあの胸を張り堂々と立ち振る舞う部長とはかけ離れていました。
人ってたった5日間でこうも変わるのかと驚くほどの変貌でした。
部長は私を見て「先日は大変失礼な事を申し上げました。謝罪します。」そう謝罪してから自分の部屋に戻るつもりだったそうです。
ところが私の顔を見てこの5日間にあったさまざまな事が思い出されてきて「あの」といったきり言葉が出なくなり代わりに涙が出てきたといいます。
「た・・・助けてください・・・」
そういったきりボロボロ涙を流しながら泣き崩れていきました。
あの自信たっぷりの部長がこれほどまでに追い込まれていたのは余程の事があったと推測しました。
「白い砂浜、やしの木陰、冷えたビールが・・・」
せっかくの休みが消えてしまう覚悟はありました。今度はバカンスモードから一気に戦闘モードに頭を切り替えました。
「こうなったら全員まとめて相手してやる!」
マニラから日本へ帰れなくなった日本人の救出作戦の始まりでした。
続く・・・
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