俺はどこまでも駆け上がっていく

人はさまざまな思いを背負いながら毎日を生きている。  

文章や文字という、人に影響を及ぼしうる手法を用いて多くの事を発信していきたい━  
これが、筆者の人生のいわば命題である。 思い出されるのは、19歳の頃の苦い記憶だ。 


当時私は大学生だった。 当時からスポーツライターになるという絶対的な目標を掲げ、語学の習得など、その夢を具現化するべく、邁進していた。 その傍らにはいつも彼女がいた。 当時交際していた同い年の大学生の女性である。 彼女とはサークルを通じて知り合い、将来の夢を一生懸命サポートしてくれ、まさに生涯の伴侶としてふさわしい存在だったと今振り返ると表現することができるだろう。


 しかし、順風満帆にいかないのが人生である。 今振り返っても人生で最も 取り返しのつかない事をした愚考と思われる暴走行為をしてしまう。 大学という環境もあり、誘惑も多かった。 しかし、全てを客観視できるようになった今自己分析するならば、溢れんばかりの彼女からの愛情が、逆に過去にそれほどまでに人に愛されたことのない男にとっては疎ましいものに近いと感じたのだろう。 人生経験の至らなさが招いた悲劇。 結局、自らこのストーリーに「別れ」という形で終局をつけ、第一部は幕を下ろしたのだ。 その後、居住地も別々になり、彼女とは連絡を一切取っていない。


 転機となったのは、新卒で入社した出版社の経験だ。 念願の東京での出版社だったのだが、それは風俗雑誌の出版社であった。過酷な労務環境で、毎日がメンタルとの戦いであった が、運命の悪戯というか、ここで人生における思考の改革を余儀なくされることになる。 それは、職業柄、嬢への取材を経験することもあったため、本来は望んでこのような世界に飛び込んでくる女の子は一人もいないということ、みんな事情があってやむを得ず来ているという事、いずれは自分の目標に向けて駆け上がって生きたいということ、そういう理論を理解することになる。 

3年前の経験がフラッシュバックのようによみがえって来た。 まだ、女心というのを全く理解しておらず、どれだけ人を傷つけたのか。 この理論を「今しか知ることができない」ということこそ、最大の「お灸」である。 どれだけ、後悔しても、どれだけ苦虫をかんでも、時計のねじが巻き戻るということは、絶対にあり えない。 その事を嫌と言うほど思い知らされた。 この出版社での経験を機に、「一日一日を大切に」生きる事を、そのために、もっともっと自分は努力をしていかなければならないという事を胸に刻み込んだのである。 スポーツライターを志していた夢はストレートにかなうことはなかったものの、類稀な文章力やひらめきは自分の持ち味である。 フリーランスとしての活動を模索している。何より、はるかな高みにたどり着き、この過去の清算とまでは言わないが、贖罪をしたいと考えている。 そのためには、やはり実績を残すことが必要だ。 人間には誰しも戦う理由がある。 もっともっと上へたどり着かなければならない。


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