おばあちゃんのドライバーは早稲田卒

大学卒業後、何気なく新聞広告を眺めていた私はある求人広告に目がとまった。中央官庁の外郭団体だった。大卒者は数年勤務後海外へ赴任する可能性があります、と書いてあった。この団体が何をやっているか全く知らなかったが海外赴任という言葉に引かれ、とにかく履歴書を送ってみた。なぜか書類選考に通り筆記試験を受けた。日本の地理歴史のようなテストと作文だったと思う。受験者はたしか50人位いただろうか。なぜかその筆記試験も通り、次に会社に呼び出されたら8名の人が残っていた。そこに現れただみ声が特徴的な人事担当者は8名を前にして「この中で国家公務員試験を受けるやついるか?」と不思議なことを聞いた。また、「商売をやりたきゃ商社へいけばいい」と訳のわからないことを言った。今考えればこの人事担当者はこの団体の性格を受験生に伝えたかったのだろう。国家公務員でもなければ商社のような民間企業でもない。中途半端な組織の特色を見事に言い表しているではないかと今感心している。この8名が一人づつ部長面接を受け、合否が決まるようだった。ただ私はこの会社のことを知らず、公務員試験が頭にあったので正直受かっても落ちてもどちらでもよかった。部長面接はなんと英語だった。面接官たちは日本人の顔をしていたが、いや正真正銘の日本人だったが英語の会話力はネイティブそのものだった。私は生まれて初めて日本人でネイティブな英語を話す人種と出会った。部長面接という場面で。聞かれた内容には適当に答えておいた。数日後、先のだみ声人事担当者から電話がかかってきて君を採用したいといってきた。私は公務員試験に未練があったが、このまま自宅でフリーター生活を続けるのも周囲に対してカッコ悪かったので、よくわからない団体ではあるが内定を受け入れることにした。最初の会社を辞めて2ヶ月半たった6月中旬のことである。こうして私は7月1日付けでその外郭団体の職員になった。さまざまな挫折感や心の問題を抱えながら。あれほど家で怒鳴り散らしていた父もなぜか喜んでくれた。安定した組織のようだから長く勤めなさい。そんなことを私に言った。

社会人の入り口で右往左往した私であったが、これでようやく落ち着いたと感じた。

 

 

 

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