運命なんてきっとないよ。ー出会って10年・交際0日で結婚したあいつとの話ー

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パズルのピース。

私は家に帰っても、その言葉を思い出しながら眠りについた。

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あれから10年。正式には9年と10か月。

私たちは、サラリーマンにこそなれなかったが、なんとかフリーランスとして仕事で食べていけるくらいになっていた。

この10年間にいろいろなことがあった。

あいつは学校を卒業したのと同時に、例の彼女と別れた。相当揉めたらしいけれど、仕事のなかった当時は誰かと付き合う余裕なんてなかったのだろう。一度に二つ以上のことができないのは、ある意味男らしいともいえようか。

仕事は順調のようで、自分のブランドを持ちながら、商業デザインの仕事もし、今では寝る暇がないくらい忙しいらしい。たまに自分のデザインした服がサイトに掲載されると、喜んでURLを送ってきた。

私はというと、いろんな仕事やいろんな男を転々としながら、今は「家なし金なし男なし」というキャッチフレーズの元、フリーライターとして厳しくも楽しい日々を送っていた。そのキャッチの通り、友達の家に居候をして生活をしていたが、それでも充実感を感じていた。たまにファッション誌も書いたりして、あの時の苦労が無駄じゃなかったことを自分に言い聞かすこともあった。

何かあるたびにあいつを呼び出し、よく飲んだ。二人でライブへも行った。今では気兼ねするものは何もない。あの頃は大変だった、なんて言って笑えるくらい、時間は過ぎてしまったらしい。

どんな人と付き合っても、やっぱり分かり合えることは少なくて、私がそんな愚痴をこぼすたびに、二人で酒を飲んで笑う。否定することもなければ、怒ることもない。

これ以上に自分を知ってくれている異性がいないことは、私にとってもあいつにとっても不幸なことなんじゃないか、とさえ思っていた。


「理解」という点において、お互いを超える相手を見つけることはもう不可能なんじゃなかろうか。

「大切」という点において、お互いを超える相手を見つけることはもう不可能なんじゃなかろうか。


でも、それでもいいや、とも思っていた。

そして、「それでもいい」と言ってくれる男が現れたら、結婚してもいいかなって思ったり。こんな関係を笑って許してくれるような男が、現れたら。

「価値観」というのは、人の経験が生む。だから、経験が近い相手の方が、価値観が似てくるのは当然だ。そして人は、自分が何十年と生きてきた中で作り上げた価値観を、変えることはなかなかできない。

もちろん、価値観をすり合わせながら譲歩し、うまくやっているカップルもいる。ただそれには、そのとても大変で面倒くさい話し合いや喧嘩という労力を要するだけの、「好き」とか「一緒にいたい」とか「結婚したい」とかいう感情がないとダメだ。

私には、その感情がどこか欠落していた。自分に価値観を寄せてこないのなら別れる、というなんとも身勝手なセリフを、付き合う男付き合う男に言っていた。


あいつはこの10年、自分が振り回しているようで実は振り回されている私を、何も言わずに見守ってきた。恋人がいるときも、いないときも。

否定されない、というこということに、甘えていたのかもしれないけれど、相手を思って否定をする、という美学を私は嫌っていた。

自分のやりたいようにして失敗をし、結局後悔をしても、すべて自分のせいにできるのでまだ逃げ場がある。人に左右されてのち失敗したら、一生その相手を恨むことになってしまう。でもそんな時に限ってその人とはもう関係なくなったりしているから、ただ虚しさだけが残る。

だから、否定せずにそばにいることの方が、否定して離れていくよりも何倍も愛なのではないか。

そんなことを言っても、あいつは多分笑うだけだから、口にすることはないのだけれど。


ある夏の日、私たちは学生時代の友人の子供を埼玉の端っこの街まで見に行っていた。東京から立ったの一時間半。暑苦しい喧騒から離れると、ジリッとしながらも爽やかで空気の透き通った夏があった。

人見知りをしない子供は可愛い。

こんな風に二人で子供に触れると、結婚したい欲が湧くんだろうな、恋愛コラムの言っていることはあながち間違いじゃないんだ、と思う。

「同い年でも、かたや家と子持ち。かたや家も彼氏もなし」

ふふふ、とあいつは車内で目立たないように笑う。

「結婚したくなった?」

「うん」

「まずは相手を見つけるところからだね、お互いに」

だねー、と額から汗を流し、気のないような返事をする。

昔から思っていたけれど、あいつはどうやら恋愛が下手くそなようだ。彼女になった子はいろんなところで「何を考えているかわからない」と、あいつの愚痴を言っている、と聞いたことがある。

釣った魚に餌をやらないタイプ、とでもいうのか、本人は多分気がついていない。

私は先週、2つ前に付き合っていた人に告白をされた。付き合っていた当初は大学生だったが、再会したら立派な社会人になっていた。家がないなら、自分の家に住めばいい、とさえ言われた。いつもニコニコしていてあまり主張しないタイプで、あいつと合わせた時には親近感からか、懐いていたようだ。

「また会いたい、って言ってたよ」

「誰が?」

「あの、大学生だった、元彼」

「あー…」

「あんたのこと、尊敬してるって言ってた」

「何をだよ(笑)」

東京へ戻る電車の窓からは、すっかり日の暮れてビルの光だけがチカチカしているのが見える。進む方向のかなり遠くの方に、かすかなオレンジ色が黒に飲み込まれようとしていた。

元彼に告白をされた、というと、あいつは「マジ?」といって少し驚いてみせたが、それ以上は何も言わなかった。長旅で疲れたせいか、いつもより口数がすくない。

「あんたと仲良くできるなら、それならいいと思ってる」

「嫉妬しなさそうだもんね、彼」

うん、と言って目を閉じる。やっぱり今日も変わらず、私の否定をしない。肯定はあいつの専売特許。

気がつくとすっかり都心に戻ってきていた。乗り込んでくる人の数も増える。次は新宿だ。

乗り込んできたお婆さんに、次降りるからといって席を譲り、二人で立ち上がる。私の乗り換えはその次の渋谷だけれども。

つり革につかまりぼーっと外を眺めると、いつもの景色。いつもの夏。さっきまで見ていた景色が、なんだか夢のように思えてくる。

その時あいつが、あのさ、と口を開く。何?といつも通り答える。

すれ違う電車の勢いが強くて、電車のドアが一度バンッと音を立てる。あいつの顔は、不自然に無表情だ。


引っ越すって言ったら、一緒に住まない?


一瞬戸惑ったが、私はすぐにいいよ。 と答える。後先のことも、告白をしてきた元彼のことも何も考えなかったけれど、二人で住んだら楽しいと思った。

新宿に着き、あいつが降りる。じゃ、そゆことで、と言っていつも通り手を振る。

一瞬流れた変な空気は、私の勘違いだったかもしれない。

渋谷に着くと、私はゆっくりとした足取りで田園都市線のホームの階段を降りた。


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「ルームシェアすることになった」

家に帰ると、私は家に居候させてくれている友達に話をした。

「それ、今と状況あんま変わらなくない?」

「新しく家を借りるんだから、ころがりこむのとは全然違う」

「まあ、出て行ってくれるのはありがたいけど…」

「でも、婚期逃しそう、とか思ってる?」

「うん」

それは私も思っていた。結婚適齢期の男女が、異性とルームシェアするなんて自殺行為以外の何ものでもない。けれども結局、こんな仲を理解してくれるような男じゃないと、私の結婚相手としてはやっていけないだろう、という気持ちは昔から変わっていない。

考えていることを全部ひっくるめて、「ま、なんとかなるでしょ」と言ったら、友達は呆れながらも「まあね、」と答えた。


その日から私は、ネットで部屋探しを始めた。2LDKあれば十分か、場所は渋谷に一本が便利か。気になる部屋があったら、逐一あいつにURLを送っていた。

でも話がなかなか進まず、気がついたら3週間ほど経っていた。お互い忙しかったせいか、LINEだと会話がかみ合わない。うちらはひとまず、いつもの居酒屋で飲みながら打ち合わせをすることにした。

仕事が終わるのは20時頃、というと、じゃあ終わったら連絡して、近くのカフェで仕事してるから、と連絡が来る。私は仕事が終わり、どうせいつもの居酒屋だからと言って先に入ってから連絡をした。

「今店着いた、はよ」

3分後、あいつが店に入ってきた。仕事が終わったら連絡してって言ったじゃん! と少し興奮気味で言われたが、悪い悪い、と言って適当に謝る。

あいつがカウンターに座ると、ビールが出される。先に頼んでおいた、と仕事ができる女をアピールしたがそんなことで威張るな、と言われる。

いつも通り一方的に今日の出来事をダイジェストで話す。興味がなくても頷いてくれるだけでよかった。あいつはふーん、と言ってビールで喉を潤す。もうすぐお盆で、外はとにかく蒸し暑い。

「で、どーする? 部屋」

話を切り出したのは、私。と、いうか今日の本来の議題はそれだ。

「いい物件見つけたんだけどさー」と言って私が携帯を取り出すと、あいつが「あれさー」という。

あれさー、結婚したいって意味だったんだけども…

私は携帯をいじる手を止める。

驚いた、というよりは、なぜ私はそれに気がつかなかったのか、という急に恥ずかしくなった。いや、そうだよな。住むってことは、そうだよな。普通の感覚の人はそう気がつくだろう。でも、あまりにも恋愛対象として見たことがなくて。というよりも、恋愛対象として気がついたことがない、が正解なのか。

とにかく混乱をして、隣に座るあいつの目を見ると、顔を真っ赤にして笑っている、いつもと変わらない。なんで結婚したいの? と聞くと、一生一緒にいたいと思った結果、それしか方法が見当たらなかった、という。

私も笑いながら、なんだそれー、とつぶやく。

そしていいよ、というと、あいつはパズルのピースがなんとか、とブツブツ言っていた。

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堀北真希ちゃんの、交際0日婚が発表された後でよかった。

若い人はそういう人、増えてるんでしょう、と案外受け入れられた。でもある人は「適当に決めて、絶対に後悔する」などと言ったが、自分がしたいようにした道なんで、失敗してもその時は自分を恨めば済む話だ。

またある人は「夢をかなえられなかった人間の逃げだ」とも言った。志の途中で結婚を決めると、そう思われるらしい。

こんな風にいう人がいるから、「仕事が落ち着いたら」なんていっていつまでも結婚できない人が増えているんだ、とも思った。結婚をしても、何をしても、夢を叶えるチャンスはいくらだってる。ただ結婚をすべき時だったからしただけなのに。


若い子たちからは「これから運命の人と出会えるかもしれないのに、そんな身近で決めていいの?」と聞かれる。確かに、この先千葉雄大くんからプロポーズされたら、なんて考えると胸が踊る…。でもね、運命なんてきっとないよ。

あったとしても、気が付かないからわかんない。そして結局のところ、死に際に誰が運命だったかなんて、教えてくれる人はいない。運命の相手だろうとそうじゃなかろうと、一生を添い遂げられるか否かはこれからの自分たちにかかってる。って、ただそれだけのこと。

あの日の私が記憶を絞りに絞って出したあいつへの第一印象は、全く運命なんかじゃなかった。正直曖昧で不確かな記憶だ。

それでも10年の時を経てこいつと結婚をすることになったのは、間違いなく奇跡としか言いようがないだろう。



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