終わりなき旅。

世界を旅することは、自分自身を旅すること。

あるバックパッカーズホステルで親切にしてもらったオーナーさんから頂いた言葉である。この言葉が片時も脳裏から離れることはなく、今もこうして旅を続けている・・・。

もう海外を放浪しながら5年が経とうとしている。世界一周、ワーホリ、なんでもいいからとにかく日本を飛び出したかった。社会の当たり前の窮屈感に押しつぶされる寸前だった。いや、もうとっくに押しつぶされていたのかもしれない。そんなネガティブな面とは裏腹に、世界にはもっともっと楽しいことがある、知らないことをどんどん知っていく面白さが溢れているという期待感を同時に持ち合わせていたように記憶している。

世間でいうありきたりでなんてことない平凡な人生を過ごしてきた。小学校中学校とそれなりに勉強にスポーツに励んできた。高校は文武両道を掲げた進学校に入学した。クラブ活動に青春を捧げた。特になりたい自分やりたい仕事がないので、勉強して全国的にも名の知れた私立大学へ入学した。それなりに大学生活を楽しんだ。それでもまだやりたことは見つからないけれど、周りと同じように就職活動の波に乗って、なんとか内定を勝ち取ることができた。本当にそこで働きたいかは別にして。社会人が始まった。満員電車に揺られ、就業時間をとっくに過ぎた夜遅くまで残業に励んだ。忙しい毎日が何も考える暇もなく、淡々と過ぎ去っていた。たった一度の人生このままでいいのかな?って、そんな気持ちをどこかに抱えながら。とりあえず3年という言葉がまかり通っている。だから3年は社会人をするもんだと勝手に決めつけていた。まったく上がる気配のない営業成績が、自分自身の仕事対する情熱を物語っていた。その3年が終わる時にはもう答えは決まっていたのだろう。

人事部長に鼻で笑われた。「なんで急に海外に行きたくなったの?」「ここで通用しないとどこの会社に行っても何をしても通用しないよ?」なんとでも言えと思った。限られた業界、限られた人間関係しか知らないお前に、世界の面白さのなにがわかるのかと心の中で思っていた。同時に不安しかなかった。手に職があるわけでもない。仕事を辞めた時点で収入はゼロになる。30歳、40歳と歳を重ねていく時に貯金はどうなっているのか、生きていく術はあるのか、全然イメージが湧いていないままだった。それでも、ここから抜け出さないといけないと思った。いや、本当はもっとポジティブだったか。そんな先のことはどうでもいいから、とにかくもっともっと広い世界を見てみたい、知らないことを知っていきたい、まだ見ぬ絶景にたどり着きたい、そんな溢れ出る気持ちを抑えられなかったのかもしれない。理想の自分に近づきたい、本当にやりたいことを見つけたいとずっとずっと思っている。志だけは熱く熱く持っているけれど、どこに向けるのかがわからない状態が続いていた。何か夢中になれることがやりたい、とことん打ち込めることが見つかれば自分はやれるはずだと、悶々としたやり場のない気持ちがあった。世界に飛び出したからといって、それがなくなったわけではないけれど、その何かを見つけようと夢中になれているからそれでいいのかもしれない。

小学生の頃、憧れの先輩が首を鳴らしているのがカッコよくて真似し始めたら、やめられなくなって医者に厳重注意されるまでになった。中学生のとき、授業中に眉毛を抜くことにハマってしまって、昼休憩に眉毛がなくなっていたことがあった。高校時代は部活の朝練のために3年間必ず学校に一番乗りだった。雨の日も風の日も立ち漕ぎを止めることはなかった。管理人のおっちゃんに「君が早く来ると私も早く来ないといけなくなるから困る」と真剣に怒られたこともあった。チームメイトが来る時間にはもう自分の朝練は終えてトレーニングルームに足を運んでいた。ホームルームから365日寝っぱなしだった。人見知りで話せない性格、クラスに友達もいなかったので、起きたら昼休憩ということが何回もあった。2時限目は移動教室の音楽だったりもした。授業中に起きていないので、当然成績は悪くて推薦では1つの大学も受けることができなかった。10月ごろから受験勉強を始めた。1日14時間勉強をした。志望校は1つに絞っていた。1月の模試までF判定が続いていた。それでも毎日勉強を続けて、受かることができた。社会人になってからは読書にはまった。毎日、最寄りの駅の本屋さんに立ち寄ることが日課になった。金曜日の夜が嬉しかったのは、同僚たちが華金で飲みに行くのに退社時間が早くなる。そしたら、自分は早めに帰ることができて、土曜日の朝に早く起きることができる。土日の日課は朝6時から起きて、カフェをはしごしながら本を読むことだった。あまりにも本に夢中になりすぎて長居したために、ガラガラのカフェで退席を促されたこともあった。とにかく何か熱中することがあると、とことんやり遂げるパワーはあるんだと思っている。それが仕事にはなかった。日本の社会にはなかった。少なくとも自分には。

会社を辞めるのには勇気と覚悟が必要だった。おそらく、その決断をした瞬間から自分の旅は始まっているんだと思う。前だけを見るようになった。不安をかき消すほどの好奇心に満たされるようになった。世界を旅していると、たくさんの人に出会う。それは日本人だけじゃない。国旗も場所も知らないような、なんか聞いたことはある程度の国の人にだって出会う。拙い英語で言葉を交わす。真意は伝わらない、でもそれでもなにか通じるものがある。世界は広い。ハエがそのものを隠すように集っている食べ物が売られている場所や車で何百キロ走っていって、ガソリンスタンドとコンビニが1つずつという街が点々としている場所がある。見たことのない無数の星が夜空に広がったかと思えば、クラクションがうるさ過ぎて隣の友人と会話ができなかったりする。世界には刺激以外のなにも落ちていなかった。少し働いて、旅をして、また少し働いて、旅をして。日本で貯めてきた貯金は少しずつすり減っているけれど、人生の幸福感と満足感はどんどん増えていっている。今の人生で良かったと思えるようになっている。社会人をしていた頃にはなかった感情がはっきりと自分自身でわかっている

いつまで旅を続けるかはわからない。どんな旅になっていくかもわからない。けれど、それでも世界の旅を続けていく。自分が何をしたいのか、自分自身が本当に求めているものはなんなのか、そんなことを探す旅を続けていく。答えなんかないのかもしれない。本当は答えを知っているのかもしれない。自分探しの旅なんて、ただの都合のいい言葉なのかもしれない。でも、それでもいい。自分に素直になれていれば、それでいい。まだまだ旅は始まったばかり・・・。

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