障害のある子の親になる

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前編: 滑脳症とは
後編: 和をもって尊しと成す⑴

長女をNICU(新生児集中治療室)のある病院で産んで、



ハンディのある子の母親は鬱になってしまうことがある。と聞いたときに最初ピンときませんでした。


退院する前の最後の晩……。


婦長さんが病室にやってきてこうおっしゃいました。


「この子を産んだことを後悔することがあると思うけどそれで当たり前なんだから自分を責めちゃダメよ」


この時も


「え!そんなことが?!っていうか、私たちそんな大変なことになってるの?!」


という感じであまり実感がありませんでした。


わたしは娘を抱いてさえいれば幸せだったから。


でも障害って、家の中では思わないけれど、一歩外に出て、対社会、対学校とかになった時にやっぱりすごい壁を感じて、この壁が「障害」なんだなと思いました。


ハンデがあるとわかっていて産んだのは私……。なら私ひとりでこの子たちを産んだことの責任を取らなければ……という感じでひとりで背負おうとしたときにパニック障害の発作に襲われました。


自分のキャパシティを超えたストレスがかかった時に多分そうなりやすかったと思います。


先の話で婦長さんが私に言ってくださった事が実はもう一つあって、ハンデのある子を育てていく上で最もポイントとなる、重要なことかもしれないと私は思っています。


それは


「あなたを受け入れて、愚痴を聞いてくれるともだちを作って、なんでも話してね」


ということでした。


今になって振り返ってみると、さすがNICUのある病棟の婦長さん。的確で実践的なアドバイスだったと思います。


私が今までなんとか、ハンデのある三人の娘を含む五人の子育てをやってこれたのは、まわりに恵まれていて、状況が整えられていたからだと思うのです。


ひとりで育てているような気持ちになってしまえば絶対にしんどくなって自分が潰れてしまっていたと思います。


そういう方々に出会えることは普通より少し大変なこどもを授かったからこそのご褒美というか役得だなぁ…とよく思います。


発達に遅れのある子を育てるということは、長い長いマラソンを走るようなものです。


みんなの読んで良かった!