おばあちゃんのドライバーは早稲田卒

オックスフォードの町を歩いてみる。

大学の建物は12-13世紀に建てられた歴史と伝統あるもので、重厚感があり、アカデミックな雰囲気が漂う(12-13世紀ですよ!)。

 

ここに世界中から最優秀の頭脳が集ってきていることを思うといくばくかの感慨が湧く(大学時代、不勉強だった私が一体何の感慨が湧くというのだ!?)。メインストリートは学生街らしく、専門書の本屋や文房具屋、写真屋、食堂などが立ち並ぶ。カレッジが合わせて36もある総合大学であり、かつて浩宮皇太子殿下が通われたカレッジの建物もこのとき見た。街の中心部には時計台があり、そのてっぺんまで狭い螺旋状の階段を伝って登ることが出来る。時計台の屋上からは大学の建物やオックスフォードの町並みがよく見渡せた。古い歴史を感じさせる街並みである。

 

さて、ウエスト・アクトンの家は家族向きの間取りであり、家族が来るまで単身者が住むには広すぎた。そこで空いている部屋の有効活用を考えて、人に貸すことを思いついた。

ピカデリー・サーカスの近くにジャパン・センターという建物がある。1階は日本の本屋、地下は日本食料品店、3階はトラベル・センターになっており、昼食はよくここに弁当を買いにきた。それはともかく、ここの地下に掲示板コーナーがあり、数ポンド出すと、(売ります、買います、お貸しします)といった生活情報の類の紙を貼らせてもらうことができた。この掲示板に空室情報を載せたのだ。半信半疑ではあったが、部屋を借りたいという電話が自宅にかかってきた。

 

電話をかけてきた人とウエスト・アクトン駅で待ち合わせをして、自宅へ案内した。彼女は、肩からバイオリンケースを掛けていた。東京・四谷のミッション系大学の大学院の修士課程を卒業しており、フリーランスで音楽関係の翻訳の仕事をしているインテリジェンスのある日本人だった。大学時代にはドイツの大学に留学経験もあり、イギリスにはかれこれ1年間語学留学のため滞在しているとのことだった。この方に2週間ほど部屋を貸すことにした。

平日、私が帰ってくるのは夜の8時を過ぎていたし、彼女のほうも真夜中まで戻ってこないことが多かったので、ほとんど彼女との接点がなかった。週末になって居間で久しぶりに顔を合わし、2言、3言会話を交わす程度だった。ある週末、居間で彼女と数少ない会話を交わしていたら、イギリスでも海水浴ができる海岸があるという情報をつかんだ。8月も終わりの頃である。その時、なぜか突然、それじゃ一緒にボーンマス(Bournemouth)に行ってみようという展開になった。ボーンマスはイギリス南部の海浜リゾート地で、サンド・ビーチ(砂浜)がある。

なぜ、わざわざ、サンド・ビーチがあるなんてことを書いたかというと、イギリスの海岸はぺブル・ビーチ(小石の浜)が多く、浜に寝そべることすら難しいからである。

 

自宅からM25(郊外環状線)までは、ウインザー城へ行ったときと同じ経路である。M25を南に下ってゆき、サザンプトン(Southampton)方面の標識が出てきたら、M25を降り、進路をM3にとる。後はひたすらサザンプトンを目指して車を南下させるのみである。

 

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