おばあちゃんのドライバーは早稲田卒

A406をしばらく走るとブレントクロスという大きな交差点に出る。ここには、ブレントクロス・ショッピングセンターという巨大なショッピング・モールと米国資本のおもちゃデパート“トイザラス”があり、よく、週末利用した。ブレントクロスの交差点を左折して、エッジウエアロード沿いにヘンドン方面へしばらく車を走らせると、左手にオリエンタル・プラザという大きな建物が見えてくる。この建物の中には、私が渡英するちょっと前までヤオハン・インターナショナルのスーパーマーケットが入っていたが、今は香港資本のスーパーマーケットに取って代わられてしまった。しかし、日本の食料品が豊富に手に入るので、週末のたびにここへやってきては食材を買い込んだ。また1階には旭屋書店という大きな日本の書店も入っており、よく立ち読みした。オリエンタル・プラザで時間を過ごしていると、まるでニッポンにいるかのような感覚に囚われる。 

ここまで当時のロンドン生活を思いつくままに書き綴ってきた。

3年7ヶ月の駐在期間を通じて仕事でも私生活でも24時間抑圧感に覆われていたがそんな精神状態の中でも忘れられない出来事はやはりある。

それは、青森のねぶた祭りをロンドンで行うイベントに現地スタッフとして参加したことだった。直接仕事とは関係なかったのだが、普段からおつきあいのある日系企業の方のお誘いだったので、断れなかったのである。一方でねぶたをロンドンのテムズ川沿いの道路で引っ張り、練り歩くという企画は異国の地で日本の伝統行事がどのように受け入れられるのかと言う点で興味もあった。

ロンドンサイドの受け入れ実行委員は地元青森市の自治体駐在員や大使館員、政府系金融機関や貿易機関、鉄道会社の駐在員などで構成された。

事前の準備段階から刺激的なものであった。イギリス中から当日ねぶたの前で飛び跳ねるはねとを募集し多くのイギリス在住の日本人が集まり一緒に何度も練習した。また青森在住のねぶたの作り手である人間国宝の方ともお会いした。ねぶたがロンドンに到着してからはテムズ川沿いの倉庫に収納し、事前に当日の進行コースをスタッフで歩いて、どこか進行上問題のある箇所がないかどうかチェックした。

そして、迎えた当日、ロンドン市内はねぶたを見るために10万人以上の観客が集まったと新聞は報じた。私の役割はねぶたのすぐ横に立って、ねぶたの進路が少し曲がったらマイクで「進路からそれましたのでもう少し右に寄ってください」などと連呼しつつ「ラッセラー、ラセッラー」と場を盛り上げる役割だった。このような経験は日本にいてはまず体験できないことだった。政府系機関の海外駐在員というのはこうした特別な機会を体験できることがたまにある。日本にいたら絶対経験できないことなので、その点だけはこの団体に感謝している。ただ、私はロンドン生活ですっかり神経をすり減らし慢性的なうつ状態になっていた。ロンドンへ赴任した経緯、ロンドン時代の仕事上の悩み、そして子どもの教育や日本人コミュニティーでのお付き合い等々ロンドン生活は常に抑圧感で満たされていて気分が晴れることはなかった。こうした精神状態を医学的には「うつ」と呼ぶのだろう。週末ロンドン郊外をドライブしたり、ヨーロッパ各地を旅行したのも自分がかかえる抑圧感を少しでも減らしたいという思いからだったが、結局ロンドン生活は総じて面白くないものに終わった。

シドニー駐在を「陽」と例えればロンドン駐在は「陰」そのものだった。

人生はつくづく山あり谷ありだと思った。しかし、この谷は思ったより深かった。深すぎて結果的に私の人生の大きな曲がり角になるのだった。

 

 

 

 

 

 

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