おばあちゃんのドライバーは早稲田卒

折りしも当時の政権は小泉政権。行政改革断行を旗印に挙げて公社、公団、特殊法人といった行政機関の廃止、統合を進めている時期だった。私の勤務する団体も例外ではなく、組織は廃止対象もしくは大幅なリストラを実施している時期だった。キャリア官僚の某総務部長としては出身官庁に対し実績を示す必要があったのだろう。一番分りやすいのが人件費のカットである。私はそのやり玉に挙げられた訳である。私は義憤を感じたが一方でそろそろ潮時とも思っていた。こんな機会でもなければ、このぬるま湯のような組織からこの先足を洗う事はできそうになかった。この団体に就職して20年近くなるが仕事のやりがいを感じることはほとんどなかった。私は転職を決断した。そして転職のプランを次のように立てた。週2回有給休暇を使って職場を休み、転職活動にあてる。転職活動のツールはハローワークと新聞広告だった。履歴書の様式もたくさん買い込んだ。ロンドンから帰国してまだ3ヶ月も経っていなかった。うつ状態のまま帰国して、日本の生活に慣れるまもなく

転職活動へ突入していった。

 

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