おばあちゃんのドライバーは早稲田卒

転職が決まったあのときから早12年の歳月が流れた。私は相変わらず福祉の現場でもがいていた。前職の官庁の外郭団体はたいした仕事もないのに意外に高い給料をもらって、いつも考えることといったら休日は何をするかとか趣味をいかに充実させるかとか、難度の高い資格取得の勉強をしたりしていた。それだけやりがいもなく、役所から抑圧されていた証左だろう。でも福祉の世界は全く違った。仕事の割りに安い給料。「働けど働けどわが暮らし一向に楽にならず」だった。しかし、前の職場と一つだけ決定的な違いがあった。それは仕事のやりがいの点だった。高齢者や児童の命を預かっている社会福祉の現場は緊張しており、休日は何をするかなどと暢気なことを言っている暇はなかった。まったなしの世界である。毎日、必死に生きた。幼少期からの抑うつ的な気質が高じて本当にうつ病になった。抗うつ薬を服用しながら今日まで12年間福祉の世界で生きてきた。毎日、毎日必死で生きた。明日はなかった。今日1日が無事終われば安堵した。仕事が終わった後の開放感は何者にも変え難かった。気がつけば定年まであと5年を切っていた。学校を卒業してから32年もサラリーマンをやってきた。普通の人にとっては当たり前のことかも知れないが私にすれば、満身創痍でよくぞここまでやってきたもんだと少し自分を褒めてやりたい気分である。

これからは定年後の生活設計を考えながら、ゆっくり生きていこう。そんなことを考えている今日この頃である。  (おしまい)

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