ただ、私を好きになりたかった③

前編: ただ、私を好きになりたかった❷

味覚は、親子三代影響するらしい。

ネタ元は忘れてしまったが、情報番組でそれを聞いて

「やばい!」と思った。

就職したての頃だったと思う。


親子三代ということは、

母とおばあちゃんの味付けが影響するということか。

両親は北国出身だ。

寒い地域の人は濃い味なのだ。

それまで美味しいと思って食べていた母の料理。

味付けを真似して、初めて彼氏に料理してあげたとき、

「味が、濃い」

罰ゲームかと笑いながら言った。

あれ、さっき味見したけど、美味しかったけどな。

ま、今回は失敗したのかもしれないなぁ。


それまで不倫したり、

同時多発的にお付き合いしたり、

とにかく愛されたくて、

キャッチアンドリリースを楽しんでいた私。

その当時は、真剣に愛していたし、それぞれが大恋愛だった。

今思えば、楽しんでいたのよ、愛されることを試していただけだった。


26のとき、

さほど憧れもなかったが、結婚した。

暴力を目の当たりにして育った私は、

同じような男性と結婚するんだと思っていた。

味覚と同じように影響を受けて引き継がれるのではないか。

事実、おじいちゃんもお父さんもお金にトラブルを抱えて、

暴力を振りかざす姿しか思い出せない。

どんなに嫌がろうと、

私はそこにたどり着くんじゃないか

と、漠然と思っていた。


が、しかし、

お付き合いから10ヶ月のスピード婚だった元旦那から、

暴力を振るわれたことは一度もない。

長い結婚生活の中で、

いつかはそういうことがあるはず。

そう思っていたが、暴力を振るうことはなかった。

激しい喧嘩もしたし、出て行くと飛び出してカーチェイスしたり、家出して実家から戻らなかったり、自殺未遂したり。。。

その当時の私は、私の正義があって、

絶対に曲げたくない、折れたくない思いがあった。

そして、彼にも彼の正義があった。

俺の話を聞け!と互いが言い合い、

次第に疲れていった。

そもそも、完璧な妻でいたかった。

それしか、選べないと思っていた。

母は専業主婦だったかが、家事は苦手で、

いつも父の怒りに触れていた。

「1日家にいて、何していたんだ!」

今でも父の怒号が耳にこだまする。


料理も「美味しい」といえば、立て続けだし、

メニューもワンパターンでバリエーションがない。

高齢でわたしを授かったこともあるのか、

お弁当にはいつもししとうが入っていたし、醤油をたっぷりつけたのり弁で、

可愛いお弁当を持ってくる友達に隠れるように食べていた。

唐揚げも少し揚げすぎだし、ニンニクやショウガなどの香味野菜は苦手でかくし味が効いていない。


結婚したら、母のような結婚生活を送らないための努力をする羽目になった。

そうなの、結婚する直前、「やばい」と思ったの。

だって、母の味が私の味覚となって影響するのだもの。


だから、結婚する数ヶ月前から、

私は自己流で料理を徹底的に勉強した。

出汁の取り方から

お米の炊き方まで

一から学び直した。

そして、難しいレシピも完璧になるまで何度も何度もチャレンジした。

保存食を作ったり、パンやケーキを手作りしたり。

以前付き合っていた彼氏に罰ゲーム呼ばわりされた味付けも徹底的に研究した。

料理の腕はメキメキ上がり、レシピの数も増えたし、思い通りの味が再現できるようになった。


母ができなかったことを、

自分はやるんだといきんでいた。

そんな私を見て母は言っていた。

「私への当てつけなの?」


どこかで、父と同じような人を選んで苦労する人生を予測しながら、

必死に抗っていたあの時。

両親は不幸で失敗の人生だったと思っていた。

私もどこかで失敗するのでは?

いや、もう失敗ばかりしている。

もう失いたくない。平穏に生きていきたい。


何が欲しくて、何がいらないのか?

わからないほどに全部欲しかったあの頃。


すでに幸せを手に入れながらも、

まだまだだと思い、とにかく両親のようにはなりたくなかった。


でもね、今思うの。

決まりきったメニューだったけど、

お母さんの作った焼き鳥、ハンバーグに餃子、トンカツ。

美味しかったなぁ。

そういえば、私、これって名前のある定番メニューって作らないな。

母はお肉が食べられないのに、私や弟の喜ぶ顔が見たくて作ると言っていた母。

文句を言いながらも何だかんだ、20年苦楽を共にした両親。

母の作った、ちょっと手抜きでイマイチ風味の足りない料理を毎日囲んで

それでも幸せだったことを思い出した。

お母さん、私も母になってお母さんの凄さやっとわかった。

本当は小さい頃から、お母さんみたいになりたいって思ってたんだ。

苦しいこともあったかもしれないけど、確かにあった幸せ。

両親は幸せだったのかもしれない。

それに気付き始めたら、

同じ人生を歩んでも大丈夫な気がしてきた。









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