毒母に育てられて10

前話: 毒母に育てられて9

祖父の生まれ変わり?第ニ子が宿った日、悲しみの淵から這い上がり、強く生きたいと願い続けて弱い自己と向き合う事で苦しみながらも前を向いた日…自分独りでは生きて無かったのだと思えた日、生きてきた道で助けられて居た事を考える事で優しい心を取り戻した

自己の苦しみと葛藤していた最中、祖父が末期ガンだと宣告された…

何故、哀しみに追い討ちをかけるのか、神はいるのか?

闘病前の元旦に一人で寂しく過ごしてるであろう祖父の元へ行き一緒に、夜はすき焼きを食べつつ、一滴も飲めない下戸な祖父も嬉しかったのか珍しくビールをコップ一杯飲んで上機嫌だった。

翌朝は、お重に持って行った、散らし寿司や栗きんとん、筑前煮、卵焼きなどを喜んで食べてくれていたのを思い出し、今は目の前で衰弱して細々した手足で食事も儘ならぬ祖父を見て切ないような遣る瀬無い気持ちがこみ上げた。

思えば、あれが元気だった最後だった。祖父は元気で足も早くマラソンで学生時代は一位を取るくらいに足自慢であり隣町へ自転車でパンを買いに行く程だった。それが、方向感覚を失ってフラつき転んで怪我をした、何だか熱っぽい感じで風邪かな?なんて言うから、病院嫌いは祖父に病院行くように勧めたら、そんな事になっていて…祖父自身、急遽、生活が一変して即日入院になるなんて考えられなかっただろう…

祖父は恥ずかしがり屋で本当は子ども大好きなのに影で、上の子を抱き上げて高い高いしている姿を見た事がある。

とても嬉しかった。

ひ孫を見せてあげられて本当に良かったと思う。

この家の歴代の女達は皆んな、お金をもらう時にしか会いに来ず元旦にも顔を見せないなんて薄情すぎる…

入院中、一時帰宅になった祖父と二人きりで話していた時、声は弱々しくなっていたけれども、その日は気持ち的に元気だったのか無理しないで大丈夫だから寝ててって勧めても座って、小一時間ほど話していた。思えば、あれが話せた最後だったので最後に笑って話せたのは幸せな時間であった。

家の女達は、お金にだらしがない…

唯一、○○(私の名前)は金銭感覚がいいし、ちゃんとしているから偉いねって褒めてくれた。

また趣味で始めていた韓国語も独学で覚えて検定を目指していて、マラソン大会も目標にしていた時期で、その目標を熱く語ったりしていた。

思い出して今、当時の手紙を見つけて読み返していた。祖父は入院中も大切に私の手紙と子供と私の写真を持っており、看護婦さんに自慢していたと後から聞いた。

その手紙にも秋の検定で合格します!

マラソン大会も出ます!

パン作りも続けます!なんて書いてあって、どれも、おじいちゃんが居なくなった後に本当に叶えたんだよ。

ハングル検定では合格して、マラソン大会も参加して完走して、パン作りは趣味ではなく仕事になったよ、今もパン屋さんで働いているよ!

きっと、1番に喜んで褒めてくれたに違いない。

祖父が居なくなった日の朝、突然気持ちが悪くなり洗面台へ行った。

もしかして?と思ったら妊娠して居た。

偶然なのか運命なのか不思議だった。

祖父が私が寂しくないように哀しみに暮れないように最後のプレゼントをして暮れたのかもしれない。

祖父が居なくなった日、今まで寄り付かなかった母が泣いて、最後にボケて娘の事も忘れてたのに、○○(私の名前)だけ覚えていたと言われた。

祖父の最後の一言が○○(私の名前)来たのか?だった。

ハッキリと名前も覚えていて笑っていた。

人の想いは凄いと思った。

全ての記憶が消えていってしまっても、最後に大切な想いだけは残っていたのかもしれない。

そして、祖父の足自慢は、今、上の子に引き継がれていて、県の駅伝大会にも出場してるよ!

想いは繋がると信じている。

何かが終わって始まり続いて行くもの…

悲しい事も嬉しい事に繋がり今があるのだと思う。

全ての事は繋がっていて様々な経験の積み重ねの上で起きている事。

あの瞬間から私の中の何かが変わった時だった。

祖父の為にも泣いてばかりじゃダメだ、頑張らないと!って思った。

強くなりたい!

そして、祖父と話した事を全て実行した結果が今だ。

話していた時には遠い夢の様に見えた事が一歩進んだ事で叶えられた。

きっと、約束の力、祖父へ届けたい想いが突き動かしたのだと思う。

あの頃を境に少しだけ強くなれた気がしたんだ。

言い訳はしない、前を向く、今は辛いけれど自分で幸せを感じられるように努力する。そう願い続けて今がある。

努力を繰り返し続けて、次第に雲が千切れた隙間から光が差し込むように心の深い暗闇から切り抜けた気がする。


私は20歳で結婚するまでの間、育ててもらった恩があるのと元々おじいちゃん子だったのもあり結婚してからも手紙を書いたり電話で話したりは欠かさずして居た。勿論、お世話になった親戚の方にも連絡をしていて今も祖父の墓参りの時には立ち寄らせて頂いている。

実家が無いので日帰りになるのが難点だ。頻繁には行けないが年1回は必ず行っている。








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