【5話/薄れる冒険者としての自我】母親の凶報から人生を見つめ直し、日本版マイケル・ジョーダンを発掘する男、佐藤さん。

クラスの中心

佐藤さん
「小学生までは、周囲なんて全く気にせず好き勝手にやってたよ」

好き勝手という言葉から、周囲の心配や迷惑をよそに、本能的に動いていた自分を少し恥じているように思えた。しかし、好き勝手やるのが小学生の本来の姿だ。漢字ドリルの代わりに女の口説き文句を記憶していなくて良かったと思う。


「外で遊んだりする方?」まず、分かりやすい指標を聞いてみる。


「放課後は、毎日サッカークラブとか野球クラブに入っている友達と一緒に運動してたね。でもインドア系の遊びもしてたよ。ちょっと校庭で遊んだ後、ゲームしてた。ゲームボーイとか任天堂64とか。遊戯王カードもやってたね」


「インドア、アウトドアともに遊びまくってるね」


「うん、ひたすら遊んだ」


任天堂64は1996年発売。1990年前後生まれで、彼等が小学生の時に、世間から児子の視力低下を騒がれながらも、ひたすら夢中になった家庭用ゲーム機だ。「ゼルダの伝説」や「大乱闘スマッシュブラザーズ」、「マリオシリーズ」などのソフトが爆発的に売れ、一世を風靡した。


ゲームボーイの初代は佐藤さんの生まれた年に発売されているが、1998年には後継機である、ゲームボーイカラーが発売されている。ゲームボーイというハードの売れ行きを後押ししたのは、「ポケットモンスター」の登場だ。当時、校庭で運動後に外でゲームをする、といった親世代からすると奇怪とも見える遊び方が普通だった。


「小学生って、ゲーム持ってるの大切じゃん。みんながそれで遊ぶから」


「うん、持ってれば何故か注目される。持ってたんだね」


「うん。一応ね」一応という言い方に、若干の違和感を抱いたが、結論を急いだ。


「結構クラスの中心にいたんだ」


「まぁ完全にクラスの中心ってわけじゃないけど、仲がよかった友達がみんな運動系だったから、かな」


 小学生男子のスクールカーストは単純だ。運動神経が良く―足が速いとなお良い―女子と億劫無く話せれば頂点に君臨することができる。対して、運動音痴で、女子と話すことが苦手だと、その他に分類される。完全な二極化だ。思考が深くないせいか、人を測るものさしも分かりやすいことの方が多い。


モテ期

「モテた?」


「モテ期だよ。人生三回訪れると呼ばれるモテ期の第一弾」


「告白とかされたの」


「小学三年生の時かな。バレンタインデーでチョコとラブレター貰って」


「凄いじゃん。それで、どうしたの」


佐藤さん
「逃げた」


「え」


「その子、普段から俺のことついてきて、俺が走ったらその子も走ったりするような子で。何かこう、怖くなっちゃったんだよね。今思うと、申し訳ないし、もったいないことしたと後悔してるけど」女の子の方が精神的にも肉体的にも進んでいるのもあるあるだ。


「そうね、もったいない。でもラブレターとかどうしたの?全く返さなかったの?」


「それが本当に申し訳ないんだけど、何を思ったか当時の俺は、怖くなって、どこかに隠そうと思ったんだよね、貰ったラブレターを。それで、うちの小学校、教室の前後に黒板があって、後ろの黒板とその下にランドセル入れのロッカーがあるじゃん。そこに若干隙間があって、差し込んだ、ラブレター」


「最悪だね」


「そう、最悪、色々と最悪。下手したら今もあるかもしれない」


女児より精神的に劣る男児が取りそうな行動だ。大人になっても変わらないかもしれないが、とかく男は女に対して正直になれない。得体の知れない存在として見ているのかもしれない。その正体不明の存在を捕らえ切れずに、佐藤さんのような逃避行動を取ってしまう。佐藤さんは、男児の中心にいることで周囲からは目立って見えたが、自ら女子と積極的交流を図ることはできなかった。


校舎の中では冒険者

「でも、当時本当に好きな子を、ポケモンカードを一緒に買いに行こうと誘ったことはあったなぁ。それが最初のデートかな。二人で行ったデート」そして、本当に好きな子には、こっそりと少しだけ勇気を出すような少年だった。


「頑張ったな」


「うん。まぁ当時ポケモンカード流行ってたから、上手く使わせて頂きました」小狡さも垣間見える。


「他には?自分からした行動とか。女の子との交流以外でもなんでも」


「小学6年生の時、立候補してクラス委員長になったね」


「さすがだね」


単純に賞賛の言葉が出たのは、今の佐藤さんしか知らない私からすれば、佐藤さんがクラス委員長に立候補する姿が比較的容易に想像することができたからだ。ゴールを指し示して圧倒的なカリスマ性で引っ張っていくスタイルではないかもしれないが、周囲の意見を収集して順序よく着実に物事を決める、クラスメイトと同じ目線を持った聞き上手のトップだ。


そして佐藤さんなら、きっと立候補した明確な理由があるはずだ。


「何で立候補したの」佐藤さんという人格を、過去から紐解いている気がして、上手く聞き出せたと、喜々として問いかけると、その返答は期待していたものとは違った。


「んー。何でなのかは、覚えてない」


意外だった。確かに小学6年生という、理性よりも本能を優先する年頃の意思決定に明確な目的は無いのかもしれない。しかし、佐藤さんはクラスでは中心的な存在だった一方、女子との交流は若干奥手で、人前に自らズカズカと出る程の度胸は無い少年だった。だからこそ、自主性が無ければ挙手しないであろう、立候補への理由があるはずだった。それ聞くことで、理論を重視する現在の佐藤さんの片鱗を見ることができると思っていた。偶然にも、意図して投げたボールとは異なる魔球を投げたように、急に核心に近づいた気がした。ここに「無意識・無計画・安定志向」の温床となる何かが潜んでいる様に思えたのだ。理論を重視するはずの佐藤さんが、理由もなく流れに身を任すような行動をしている。自分で認識できない無意識の芽が頭を出し、佐藤さんの自主的な行動を縛り始めていたのではないか。


もちろん、他にもっと単純な理由があった可能性はある。このまま佐藤さんの小学生時代は終わり、その後通る道で一変するのかもしれない。佐藤さんの大冒険は、本当にただの冒険者だけで終わるのかもしれない。ただ、この冒険はある校舎という一ページを切り抜いた物語に過ぎない。冒険者は、そもそもどういった成育環境にいたのか、最も近い人達との繋がりを見ずに、締め括ることはできない。


それが、家族だ。

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