また今度ね、ということ。恩師との永遠の別れで思ったこと

Y先生へ捧げます。

「また今度ね」というのは、とっても便利な言葉だ。もう二度と会うつもりのない人間にも気軽に言えるし、もう一度会いたい人に言われればその通り期待もできる。とんでもなく都合のいい言葉だ。その言葉の解釈は、当人にだけ委ねられる。

けれど一方で、「また今度ね」と言ったのに、それきり会うことが“物理的に”叶わなくなった人も経験上いる。ごくわずかだけど、確かにいる。そしてたいてい、そういった場合の別れは後悔なのだ。また今度ね、と言ったのに。もう一度会いたかったのに。もう会えないのに。


私でいうと、幼稚園・小学校時代の英語の先生がそれにあたる(ミッション系の私立で、公立にはない「英語」と「宗教」の授業があった)。Y先生は私に、生まれてはじめての“好きなもの”を与えてくれ、生まれてはじめての“将来の夢”を与えてくれ、生まれてはじめての“自尊心”を与えてくれた人だ。このY先生に、かつての私はあることを誓った。「Y先生のような、英語の先生になる」という誓いだ。卒業文集にも、同じことを書いた。それを読んだY先生は、こっちが驚いてしまうほどに喜び、励ましてくれたものだった。

最後にY先生に会ったのは、私が中学二年の時。

その頃、私の家の経済状況は最悪で、いろんなものを遠ざけなくてはいけなかった。私にとっては、英語もその一つだった。今ならもっと選択肢を見つけて道をつなぐことができただろうが、当時はプツンと糸が切れたように、特に英語からは距離を置いた。やれ検定だやれ弁論大会だと、何をするにも金がかかる。十四歳の私には、「何もしない」という選択肢しか見えなかった。そんな風にして、実家から歩いて十分のところにある母校に勤めるY先生を訪ねることすらなくなったのだ。

そして幾年が過ぎ、一昨年の冬。かつての同級生からのメールで、Y先生の不幸を知った。今まで生きてきて、これほど後悔していることは無い。ダントツの後悔だ。最後に会ったあの時、「また今度ね」と言い合った。今の私が日本語を敬う仕事をしていることについて、いつか話そうと思っていた。文集に書いたことを何一つ叶えられなかったことを、いつか謝ろうと思った。十年以上、顔を見せずにいたことも。

最悪なことに、私は今もまだ、Y先生に線香の一本もあげられていない。あの「また今度ね」を、今からでも叶えることができる気がして。Y先生が亡くなっているらしい事実を、自分からは迎えに行けずに。こうしてY先生について書いている今ですら悲しくないのは、きっと実感がないからだ。Y先生と私は、ちょうど「また今度ね」の間にいるだけだと。

だから、やっぱり「また今度ね」はずるくて、いい加減な言葉だなと思う。また今度のタイミングは、当人にだけ委ねられる。ひどく無責任な言葉だ。

けれどまだ、私はその不確かさに救われていたりもするわけで。

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