毒母に育てられて11

25歳、大人になろうと思った。強い気持ちを持って生き抜きたいと考え始めた時。先ずは茶髪をやめて黒髪にした。

30歳までに成長して精神的に大人になっていたいと考えて先ずは見た目や行動から変えたいと思い実行した。

自分の性格はケンカっ早い所があり、そこを直そうと考え、集団行動は苦手だけど周囲に打ち解けるようになろうと自分を変えようとしていた。

ロールモデルは主人。

主人は私とは正反対の性格で真面目で人当たりが良くて爽やかで誰からも嫌われないような感じの人なので、真似をして頑張って居たけれどストレスがたまるし自分の考えを抑えて人と合わせている内に自分を見失いかけた。自分を良く見せようとして確かに真面目な印象は与えられたかも知れないけれど、実際に良い付き合いは出来てなかった。

当時の友達と呼んで居た人とは、自分の意志を曲げて付き合い続けていたので自我を出したら自然消滅した。

結果的に自分を犠牲にして演じても、無理を重ねる事には限界があるんだと思った。

そんな事で悩んでいた矢先、震災がおきて何もかもが変わった。

小さな事で悩んでいた自分が一瞬にして、どうでも良い事になった。

自立しようと思い立った日。

状況が一転して私は仕事を探す事にした。

先ずは近場を歩き回り募集している店を探し回った。思い立ったら即行動タイプの私は翌日にはスーパーのレジの面接へ行き採用されて働き始めた。

いつも、そうだけど、実行した後に話す事が多く主人もビックリしていた。

だけど困った時に助け合うのは共同生活しているのだから当たり前だと思うし一刻も早く、自分が助けないとならないと思った。

そもそも男が働かなければならないといった理由はないし今の時代は尚更関係ないと思った。自分の出来ることを探して何でもやろうと思った。

働き始めた事で意識が変わり今までの自分が如何に自己中心的であったか、周りが見えていなかったと気づかされた時だった。

一生懸命に進もうとしている時に人は成長するのかな?

先ずはスーパーのレジで勤め、その後は新しく出来る店舗でのオープニングスタッフの面接に行き受かり辞めた。

その直後、僅か数ヶ月後にスーパーは閉店したと知った。

タイミングが良く私は1ヶ月後にオープニングスタッフとして働き始める。

その間、手持ち無沙汰だと感じて求人で見つけた短期1ヶ月の隣町のビジネスホテルのベッドメイキングの仕事を都合良く繋げる事が出来た。

思えば仕事との出会いも運命的だと感じる。

もしも、あの時に動いていなければ?と考えると、その道へ導かれて行ったとしか思えない。

タイミングと行動する事、運もあるんだと思うし、其々が組み合わさって今があるのだと思う。

そして魔女の宅急便のパン屋に憧れがあった私は本当にパンを作る人になった。

夢を叶えるって何だろう?って考えていると辿り着く答えは、なりたいと思い続け行動していく事なのかと思う。

思っていても動かないと叶わないし何でもやってみたら良い。

遡り5年前の私は何かを始める前に不安が先行して動けない人だった。

そこから経験を積んで、いつの間にか思い立ったら即行動、有言実行、人前でも動じずネタもできちゃうようなムードメーカーと化した。

根底にある性格は基本的には変わらないかもしれないけれど人間変わったと思われる程には努力で変えることは出来たと思う。

自分の成長軸は分かりやすく変動している今も。

ドン底から這い上がった者は上がるしか道がないからだ。

今では、過去のドン底が今では這い上がる為の活力になっている気もしている。


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