毒母に育てられて12

人格形成について 人は愛情あってこそ成長するものだと思う。幼少期に得られなかった愛情の代償は大きいと感じる。     愛情コンプレックスは大人になっても終わらないものだと気づいた。

大人になったから大丈夫ってことは無くて大人でも愛されたい欲はある。

今は確かに家族が居て愛されてると思う。しかしながら幼少期に親からの愛情を得られなかった為なのか愛情を受け止める気持ちが弱い気がする。

とても愛されてるとは思うのに不安感と疑う気持ちが拭えないのは辛い。

物心ついた頃には父親はいなくて母親は再婚して私の事など構わなかった。

不要物のような扱いを受けて私は自分に相当なコンプレックスを持つきっかけになった気がする。

幼少期は愛されたいのに愛されず飢えを凌ぐ為に振り向いて欲しくて悪さをしたこともある。隣の家の鯉を飼っている池の中に小石を入れてしまったり、家出をしたり、困らせようとした時期もあった。その癖が抜けず大人になってからもプチ家出癖があって出て行っても行くあてもなくて仕方なく帰るって事もあった。

20歳になったから、ここから大人ですって事にはならないんだと気付いた。

年齢には伴わず心の成長は、ゆっくりだ。

頑張ろうと意気込むと失敗したり、もどかしく、一進一退しながら今日まで歩いて来た。

何故だかスーッと成長する時期があって、その時に少しだけ大人になる。

そういう時って凄く辛い問題に立ち向かった時、それを乗り越えた時になるもの。

私と主人の年齢差は2歳だ、そして主人は精神的にも大人だ。社会人経験も長いので私よりも、ずっと遠くに行ってしまったかのように感じる時期があった。

専業主婦で家に居て、視野が狭かった時期は尚更そう感じて居た。

私は追いつこうと背伸びして、頑張らなきゃが口癖になっていて、ずっと頑張っていないといけないような気がして自分を追い込んで、とても辛かった。

そして体育会系の主人は厳しかった。後になればわかるけれど、その時は鬼コーチのようで本当に辛かった。

やれば出来るのに何でやらないんだ?ってよく言われた。逃げるな、立ち向かえ、メソメソするな!って。

絶対に出来ると信じているのに、何もやらずに逃げてるのはダメだ、失敗したら逃げても良いけれど、何も やる前から不安になって出来ないより失敗しろ!って。そして、もしも、〇〇が階段の2段目に居たとして、俺が5段目に居たら2段目に戻って手を繋いで5段目まで一緒に連れて行く、その繰り返しだって言った。いつでも真剣だからこそ厳しい言葉も言う時があるけれど愛情は伝わる。私は、信じる力に愛情も心も育てられた。



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