20歳で月に200万稼いだ男が無一文になって歩いて日本一周するまでの話

1 / 6 ページ

女の子とお酒飲んでお金貰えるなんて最高だな!


華のキャンパスライフに憧れ入学した中央大学。


留学もしよう、公認会計士の資格も取ろう、宅建も取って、中国語もマスターするために語学は必修が多いコースを選択しよう……などといわゆる意識高い系だった僕の夢は、結論から述べると全て叶わなかった。


多くの大学生がそうであるように実際は新入生歓迎会という名の飲み会に明け暮れ、どんどんと自堕落な方向へと流されてしまっていた。



大学一年の夏休みのこと。


ちょっと買い物に行こうと街を歩いているとチャラいお兄さんに声をかけられる。いつもはシカトなのだが、その人がまぁしつこくついてくるのでイヤフォンをとって話を聞く。


――興味ないですか―?
ん?
ホスト!ホスト!


その場は華麗にスルーした。しかし、帰りの駅の改札で再びそのスカウトと鉢合わせた。どうしたもんかと思いながら、帰る方向も同じだったので、不本意ながら一緒に帰ることになった。



一回だけでいいから!!!


というそのスカウトのしつこさに負け、僕はホストに体入する約束をしてしまった。しかも体入の日はその日の夜だ。


ホストクラブの営業時間は一部と二部に分けられている。一部は19時~0時、二部は日の出~10時というとことがほとんどだ。たまに三部といって昼間に営業しているお店もある。


僕がスカウトされたのは二部のお店だった。結局その日の終電でお店に行き、初めてホストクラブというものを体験した。確かその時思ったことは


「女の子とお酒飲んでお金貰えるなんて最高だな!」


こんな感じだったと思う。今思えばなんて安易な考えだと思う。


後から嫌というほど思い知らされるのだが、ホストの世界はこの時の自分が思っているほど楽でもないし、華やかでもないのだ。




ホストのイロハ


結局、そのスカウトがきっかけでホストをバイトで始めるようになった。今思えば、体験入店の時に交通費という名目で代表から貰った5000円(大学生からすると嬉しい)も、撒き餌だったんだと思う。


僕の場合は大体週に1,2回のペースで、終電でお店に出勤していた。ホストというと華やかなイメージが強いかもしれないが、実際新人は雑用が多い。トイレ掃除から始まり、キャッチや、買い出しなど色々だ。


そして何より上下関係がとても厳しかった。僕は今まで部活での上下関係なんてあってないようなものだった。だから初めはひどく叱られ、1から上下関係を学んだ。飲みの席でのマナーなどは色々と勉強になることも多かった。


そして何よりもホストの給料体系は歩合制である。売上額が大きいほど給料も比例して大きくなるのだ。まずは【初指名をとる!】という目標を掲げ、ひたすらキャッチをした。


キャッチといっても要はナンパだ。最初は緊張して声すらかけられない、立ったままその場を動かない、いわゆる地蔵状態になっていた。ただ僕が働いていたお店の”ホストの心得”の一つに


「恥ずかしがってるお前が恥ずかしい」


というものがあり、その言葉を胸に自分に鞭打って人生初のキャッチをした。




――女の子が来る、意を決してほがらかな音色を意識して声をかける






こんにちは!(笑顔)






あの、……こんにちは






こんにち……






心が折れそうになった。が、ガン無視なんか当たり前のことだ。


例えるならキャッチはくじ引きと同じだ。ひたすら声をかければいつか当たり(話を聞いてくれる子)をひける。そしてそこからアドレスを聞けるかどうか。アドレス聞いてから店に呼べるかどうか……。こんな感じでどんどん確率は低くなっていく。


勿論テクニック的なものはあった。


キャッチでいえば足早な子はまずシカトされる可能性大とか、ヒールが擦り減っている子を狙えだとか、言い訳を考える時間を与えないために声をかける時は後ろからとか、それこそ挙げていけばたくさんある。


そんなテクニックを身体で覚えつつ、僕はひたすらキャッチを敢行した。


店が朝の10時に終わり、12時に従業員と飯を食べに行き、13時からキャッチをスタート。この時自分に「今日は15人アドレスを聞くまで帰らない」などのノルマを課していた。


13時から始め、いつも20時頃までやっていたと思う。やっていくうちに、ある程度感覚で足を止めてくれそうな子が分かってくる。そして会話力も上がってくる。


その甲斐あってか週1~2出勤のバイトだったが、入店1か月後には初指名をもらうことができた。




夜に染まる


そんな生活が2ヶ月続いた頃、系列店で1部のオープンが決まった。勿論上下関係はなく全員同じラインからのスタートらしい。僕は迷わず移籍を決めた。


2部の頃は既に売れている先輩ホストがたくさんいて、競うまでもなかったが1部は違ったのだ。全員0スタートとういこともあり、元々負けず嫌いな性格の僕は俄然やる気が出ていた。


ちなみに二部で働いている時は昼に店が終わってから酒が入っている体でそのまま学校にいくという我ながらハードな生活を送っていたのだが、一部の営業時間は19時~1時だったので学校に行きやすくなるだろうという理由もあった。




しかし、結論から言うと一部に移籍してから全く学校に行かなくなる。


全員が同じ位置からのスタートということもあり、負けず嫌いの精神に火がついてしまったのだ。二部の時よりも俄然キャッチやネットキャッチなどに時間を割くようになった。


しかし、そういつも努力が報われるわけではない。


オープンの月の給料はなんと8000円だった。普通にコンビニのバイトした方が稼げる額である。けれども僕は諦めなかった。




出会い系サイトの帝王


ちなみにこの頃からキャッチは面倒だし非効率だと判断して、ネットキャッチの方に比重を置いていった。僕の場合は主に出会い系サイトを利用してお客さんを探していた。今でこそネットでのマッチングサービスは浸透しているが、当時はまだまだ出会い系黎明期で、ホストでも利用している人は多くなかったと思う。


ただネットキャッチが楽かと聞かれれば、これもまた楽ではない。確かにキャッチと比べればベッドに寝ながら出来るので肉体的な制約は薄いが、一日中携帯とにらめっこ状態なので、これもまた別の意味で大変だった。

みんなの読んで良かった!

他1コメント
STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。