先走る脳~真夏編~

 八月の猛暑日。汗だくのTシャツが背中に張り付いていることに最早、疎ましさを感じる余裕さえ無くなっていた私はその時、借りていた本を返却すべく市内の図書館へ向かう最中でした。何もこんな昼日中に出向くこともなかった訳で、勿論、当初の予定では陽の高くなる前に家を出るつもりだったのです。が、なんだかんだとしているうちに時間は過ぎ、結局、家を出る頃にはすっかりと陽が上がっていたのでした。独り気ままに費やす休日は、どうも時間の管理が手緩くなりがちです。左手に提げた袋には、返却期日が今日と定められた数冊の本が入っています。本の半分以上は読み終えること無く返却するもの、詰まりは図書館と自宅を往復させたに過ぎなかった本で、左手に掛かる重みについつい恨めしさを覚えます。とは言え、読み終えなかった理由は、

「何となく気分が乗らなかったから」

「面白いと感じられなかったから」

 と甚だ身勝手なもので、本の立場からしてみれば、はた迷惑な恨めしさなのです。

 目の前の揺らめきが陽炎なのか、はたまた熱中症によるものなのか判断がつきにくくなっている自分に気付き、折よくも両眼が二台の自動販売機を捉えました。捉えた眼は飲み物を購入するよう脳へ促したのか、身体は自然と緩やかな右折を開始していました。

 並列する二台の自販機にはお茶、コーヒー、スポーツドリンク、ミネラルウォーター等、様々な飲み物が陳列されています。朦朧ながらも左右上下へオートマティックに動いていた両眼は、見馴れているはずの真っ赤なラベルの前でピタリと、釘付けになりました。

(コーラ飲みたい!!)

 近年はコーラを飲むことも、また、コーラを飲みたいと思うことも無かったのですが、この時私は珍しくコーラを飲むことを熱望し始めました。

(シュワシュワの冷たいコーラが飲みたい!)

(喉をゴキュゴキュ鳴らしながら、一息に一本を飲み干したい!)

 と、猛烈にコーラを欲し始めたのです。真っ赤なラベルの横には姉妹品である真っ黒なラベルの姿も見受けられます。小銭を投入しボタンが光ったか否かも未確認のままにボタンを押し、それでも無事に取り出し口に出てくれた真っ黒なラベルのコーラへ手を伸ばすと、すぐさまキャップを捻ります。すると、

「プシューっ、ジュワジュワジュワジュワ」

 と中身が溢れ出し、泡と化したコーラが左手を濡らしそこから地面へと零れていきました。

(ドンマイ、ドンマイ)

 間に合わずして佇んでいる突き出た顔と尖った口へ慰めを遣り、退けた腰を立て直すと、鞄から白いタオルを取りだして濡れた左手やペットボトルの外壁を拭います。所々に薄茶色くなったタオルにやや辟易するも、その程度でコーラに対する期待は薄れてやいません。そして飲み口を顔に近付け遂に、念願のコーラを勢い良く飲み始めました。

「ゴキュゴキュゴキュ」

 大きく三口を飲むや否や、ボトルを口から突き放します。

(違った!)

 驚いたことに、飲み始めてみて初めて、身体がコーラを欲していなかったと気付いたのです。

「ゲフ~っ」

 盛大なゲップが

(今はコーラじゃないよね)

 と、一足遅い報告をしているようでした。イメージされたのは炎天下で爽快にコーラを飲み干す爽快な自分でした。恐らく、CMから受けた爽快なイメージを記憶していた脳が、コーラを目にした瞬間にその記憶を呼び起こしたのでしょう。が、実際の身体はイメージに沿うこと無く、

「脱水時の急な水分補給には、穏やかな飲みもんが良か」

「少量の塩分、糖分の入った飲みもんを、ゆっくりと口に含ませるようにして飲むのが良かよ」

 という、脱水症状の身体には適切な対処であろう判断を冷静に下していたようです。脳内イメージの先行が招いた誤算。ずっしりと大量にあるコーラを手に持て余し、途方にくれる自分がいたのでした。

―完―

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